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「でも、前は、このくらいふつうに我慢できてたんよなぁと思って。それで、あぁ、そうかって気づいてん」 「気づいた?」 「うん。ふつうに我慢できとったん、あきちゃんがおったからやわって」  その言葉に、暎は知らず息を呑んだ。じわじわと安堵のようなうれしさが湧いて、そうか、と呟く。少しでも助けになっていたのならよかったと思ったし、自分の感じていた安心がひとりよがりでなかったことにも勝手ながらほっとした。 「あきちゃんがおったで、どんな空気でも、なに言われても平気やってんな、俺」  ふっと春海が笑った気配がする。見ることができなかったことを惜しく思うくらい、あたたかな声だった。 「それで、帰ってきた」 「……うん」 「ありがとう」  そんなもん、俺の台詞に決まっとるやろ。そう言ってやりたい気もしたけれど、言葉にすると変なふうに響きそうで、うん、とだけ暎は頷いた。  ありがとう、と言われるようなことなんて、自分はなにもしていない。でも、春海が本心で言ってくれた言葉だとわかったから、それでいいと思った。  ――でも、帰るんよな、向こうに。 「なぁ」 「ん?」 「戻るんやんな? その、向こうに」  気になっていたもうひとつをとうとう尋ねても、春海の態度は変わらなかった。あっさりと笑って首肯する。 「戻るよ。なんや、謝られてもうたしな」 「謝られたって、なに、結局、スマホ持って帰ってきとったん」 「ちゃう、ちゃう。家の電話」 「は?」 「信じられへんやろ。うちの姉ちゃんが教えたらしいねん。マンションまで来たからって、ほんま勘弁してほしいわ。あの人、変な方向に丸なりすぎやで」  よくわからないが、姉弟同居しているところにやってきて、帰省しているという事情を知り、実家の電話番号まで手に入れたと。あの冬海さんと。あの、浮世離れした人と。  想像が追いつかなくなって黙り込むと、また春海が肩を揺らした。
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