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「やなくて。……その、そんなやつやったっけ、おまえ」
たしかに、高校生だったころも、告白をされたら、きっちり断っていた気はするけれど。告白をされる機会をつくらない立ち回りに注力していた記憶のほうが強烈に残っている。
だから、七海のことも、気づかないふりを決め込んで東京に戻ると思い込んでいたのだ。
――はっきり言えんまま、バイバイもきつい、なぁ。
正論ではあるものの、なぁなぁを好む傾向のある春海にしては珍しい台詞だったな、と思う。疑惑をぶつけた暎に、嫌やなぁ、と春海がへらりと笑った。
「経験談やって。そら、俺もちょっとはまともになるよ」
「べつに、まともやなかったって思ってたわけやないけど」
「えぇ、ほんまに?」
「ほんまに」
バツの悪さを覚えつつ、ぼそぼそと続ける。
「七海も、そら、そのほうがよかったと思うし」
「それやったら、よかった」
ちゃんとした甲斐があったわ、とあっさりと春海が請け負ったところで、会話が途切れた。時間が気になって、スマートフォンで確認する。九時二十五分。
夜行バスの発車時間は五十分だから、まだ少し時間はある。それで、向こうに着くのが、明日の朝、六時三十分。
行こうと思えば、行くことはできる。でも、遠いな、と思う。スマートフォンをしまって、「二十五分」と暎は春海に告げた。
「そっか。ちょっと早く出すぎたかもしれんね。ごめんな、付き合わせて」
「べつに」
ぽつりと応じて、もやりとしたものに一度蓋をする。好きで付き合っているだけだし、早目に出発を決めたのは自分だ。
実家にいると家族の存在が気になってしまうから、帰る前にふたりで過ごす時間が取れたらいいな、と。らしくもなくそんなことを思って。それなのに、春海はそういうふうに思わないのだろうか。じっと見つめていると、春海が首を傾げた。
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