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「なに?」
もう一度、べつに、と言いかけたところで口を噤む。
あの日のように完全にふたりになる時間がなかったから、というだけの理由かもしれないが、それにしても、この三日、あまりにもなにもしていないな、と思ったからだ。
なにって、つまり、付き合った人間らしいことを、ということ。
「あきちゃん?」
他意もなにもなさそうな、不思議そうな顔。自分のことを本当に好きなのか、と拗ねてみせるほどの幼さは持ち合わせていないし、そもそも、春海が好いてくれていることは、誰よりも自分が知っている。
だから、なんでもない、と答えずに、問いかけることを選んだのは、ちょっとした時間稼ぎのつもりだった。
「はるって、俺のどこが好きなん?」
「梨花ちゃんみたいなこと言うやん」
ほんのわずか、きょとんとした表情を見せたあとに、思いきりよく吹き出したものだから、暎は完全に不貞腐れた。名残惜しさもなにもあったものではないし、らしくないことなどするものではなかった。おざなりに前言を撤回する。
「もうええわ」
「嘘、嘘。ちょっとびっくりしただけ。でも、そうやなぁ」
「ええ言うてるやろ」
「ええやん、言わせてぇな」
宥めるようにそんなことを言って、そうやなぁ、と繰り返していた春海が、ふっとした笑みをこぼした。
「なんやろ。要領良いつもりで、ぜんぜんそんなことないとことか?」
「え」
まったく意外だった返答に、ついふつうに反応してしまった。その暎を見て、またくすくすと春海が笑う。
「いや、悪いわけやないと思うけど、『要領良い』って、適当に良い感じに手ぇ抜ける人のことやと思うで? あきちゃん、目配りも気配りもきくけど、貧乏くじ引いてる感じのほうが強いんやもん。過労死せんとってや」
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