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「せんわ、そんなもん」
「それやったらええけど。せやで、お人好し言うねんで、俺。頼まれたら、自分でできることやったら基本断らんし、おまけに押しつけられても嫌な顔せんし、実際、そこまで嫌やとも思っとらんし」
ぶっきらぼうな一言さえも、今度は返すことができなかった。黙り込んだ暎に、とどめのように春海が言う。
「でも、そうやって、めちゃくちゃいい子のくせに、俺の前でだけ妙にわがままなんよなぁ、昔から」
「……悪かったな」
「ううん」
なんで、こんな評を聞かされとるんやろうな、と思いつつも謝れば、衒いなく春海が首を振った。
「うれしかってん」
「うれしかったって……」
「あきちゃんの特別みたいで、俺、うれしかったよ」
ここでそんな顔をするのは、反則だろう。言葉どおりのうれしそうな、見ているこちらが気恥ずかしくなりそうな、愛おしそうな瞳。どうにもたまらなくて、暎は手元に視線を落とした。エアコンの音が静かな車内に響く。
「聞かんかったらよかった」
「なんでよ」
「帰らんかったらええのにって思ってまうやん」
「帰らんかったら引きこもりのニートになるで、俺」
「わかっとるよ」
笑って、暎は繰り返した。
「わかっとる」
「あきちゃん」
昔から変わらない調子で名前を呼ばれて、隣に視線を向ける。目が合った途端に、柔らかな色の瞳がにこりと笑んで、やっぱり、好きやな、と知った。
「キスしてもいい?」
「いちいち聞かんでええやろ」
それは、まぁ、急にそれか、だとか、利用者がいないとは言え駐車場だ、とか。思うことがないとは言わないけれど、どれひとつ断る理由にならなかった。
呆れたふうに呟けば、だって、と吐息混じりに春海が笑う。
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