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「間違えたぁないもん、俺」
間違うもなにも、本当にいまさらなにもないだろう。絆された心地で応じる。残り少ない時間も惜しかった。
「はるにされたことで、嫌やったことなんてほとんどないよ」
「勝手に東京行ったことくらい?」
「……せやな」
それくらいやわ、と笑った唇に唇が重なる。触れるだけのキスを繰り返すうちに、ごく自然とキスは深くなった。
確かめるように頬をなぞる指先の動きが優しくて、思わず春海を引き寄せる。忘れるはずもないけれど、それでも少しでも覚えていたくて、体温を感じたまま、暎は息を継いだ。
首筋に鼻先を埋めると、春海のにおいでいっぱいになって胸が詰まった。そっと目を閉じる。はっきり寂しいと言わないのは、いったいなんの意地なのだろうか。いや、本当は、わかっている。春海をここに縛りたいわけではないのだ。
小さく息を吐いて、顔を上げる。間近で絡んだ視線が柔らかく解けて、またふわりと抱きしめられた。離れがたく感じているのは同じなのだとわかると、心底ほっとした。
ふっと笑う気配がする。
「心臓の音がする」
「そんな動いとる?」
「うん」
そう言えば、随分と昔にも、似た台詞を聞いたような。くすぐったさに笑うと、吐息がこぼれた。
「好き」
なんだかどうにも幼い調子だった。
「はる」
「もっと呼んで」
「……はる?」
乞われたとおりに繰り返すと、ぎゅっと抱きしめる腕の力が強くなる。
「あきちゃんの声も好きなんよな、俺」
ひとりごとのように呟いて、春海は吐き出した。
「安心する」
「うん」
自分も同じなのだと伝えたくて、同じだけ抱き返す。
「電話していい?」
尋ねる声が、耳のすぐそばで響く。
「あたりまえやろ」
「ラインも?」
「あたりまえや」
当然と背中を叩いて、なんでもないふうに暎は言った。
「それで、たまには帰っておいでな。絶対、待っとるで」
うん、と頷いて、春海が腕を解く。まっすぐに暎の瞳を見つめたまま、春海はほほえんだ。
「ありがとう」
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