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そろそろ行くわ、と照れくさそうに笑って、春海がドアを開ける。後部座席から取り出した鞄は、来たときよりもひとつ多い。春海の母親があれやこれやと持たせたがったからだ。
荷物多いと面倒くさいんやけどなぁ、と苦笑していたけれど、春海も断らなかった。素直に受け取る姿を見て、保護者のような安堵感を覚えてしまったことは、拗ねるだろうから内緒だ。
エンジンを切って、暎も外に出る。多分な湿度をはらんだ、蒸し暑い夜の風。東京の夜は、もう少し涼しいのだろうか。
春海にとって、少しでも息がしやすい場所であればいい、と心から思う。
高速バスの乗り場までは、どれほどゆっくり歩いても五分もかからない。バス停の近くで立ち止まって、暎は呼びかけた。
「はる」
「ん、なに?」
「待っとるな、電話」
「うん」
「俺もするけど。あんまり無理はせんでな」
「うん」
そうする、と請け負った春海が、でも、と笑った。軽く冗談めかすように。
「大丈夫やよ。だって、あきちゃん、いつでも来てくれるんやろ?」
「行ったるよ」
きっと、そんなふうに呼び出されることはないのだろうけれど、この約束がお守りになればいい。そんな思いで、努めて軽く、笑って請け負う。
「俺のことも呼んでな、いつでも」
あきちゃんのためやったら、新幹線代も惜しまんわ、なんて言って笑うので、暎も思わず笑ってしまった。
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