プロローグ

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プロローグ

 待ち合わせをしていたわけでもないのに、懐かしい顔はすぐに見つかった。  田舎の駅のロータリーに似つかわしくない、手足の長いモデルのような男。この町で一緒に生まれ育ったはずなのに、なぜか馴染まず浮いて見える。  大学進学を機に上京すること、二年と半年。そのあいだ一度も帰省しなかった薄情な幼馴染みをフロントガラス越しにじっと眺めて、堂野暎(どうのあき)は運転席側のドアを開けた。  履き古したスニーカーの靴底から、じりじりとしたアスファルトの熱が伝わってくる。うだるような暑さだった。 「春海(はるみ)」  こちらに気づく様子のない幼馴染みに声をかけると、ようやくその顔が上がる。  色素の薄い髪が陽光にきらめいて、驚いた瞳と目が合う。 「あきちゃん」  変わらない幼い呼び方に、知らず苦笑いになる。けれど、春海はほっとしたようだった。  ためらいないのない足取りで近づいてきて、にこりとほほえむ。 「ひさしぶり。元気しとった?」    定型文の挨拶ひとつでロータリーを見渡したところで、目当ての車がないことに気がついたらしい。整った顔に困惑が広がる。   「もしかして、あきちゃんが迎えに来てくれたん?」 「おばちゃんに頼まれた」  もしかしてもなにも、そうでなければ、いったいどんな偶然だと思っていたのだ。  呆れ半分で応じると、申し訳なさそうに手を合わされてしまった。 「やっぱり。ごめんな、迷惑かけて。今日は市役所お休みやったん?」 「休み取った。夏休消化せなあかんかったで」 「そうなんや」  なんとも言えない沈黙のあとで、春海が眉を下げる。 「なんか、ごめんな」 「べつに」  ふいと視線を外して、暎は乗ってきた軽乗用車を示した。態度が悪い自覚はあっても、どう接すればいいかわからなかったのだ。
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