0人が本棚に入れています
本棚に追加
「鉄じい!寝てなくて平気なの?」
鉄じいはママのお父さん。名前が鉄男だから鉄じいなのだ。
私は実家に着き荷物を部屋に置き鉄じいを探していると倉で掃除をしている所を見つけた。
「おぉ沙也ちゃん帰っとったんか。ん?寝る?」
「うん。だって連絡あったから。体調悪から来てくれって……だから新幹線で飛ばして帰って来たんだけど……なんか元気そう?」
肩に掛けたタオルで額の汗を拭うとニカッと笑いこちらを見た。
シワは増えたけど色黒で妙に白い歯のせいで年齢よりもかなり若く見える。
「ああぁ、元気さ!元気が有り余ってるからこうして大掃除をしてるのさ。何年もここを開けてなかったからなぁ。こうしてたまには開けて中の誇りを落とさんと、三千代さんが帰って来た時に怒られっからな」
帰って来た時に……。
その言葉に胸の奥がチクリと痛む。
三千代はお婆ちゃんの名前だ。
ばあばはママが四歳の頃に行方不明になってしまった。それからは鉄じいが一人でママを育ててきたのだ。でもママまでもが同じようにいなくなるなんて……。
何て声をかけたらいいのか分からなくなり、蔵の中につまれた古書を眺めながら話題を変えようと思考を巡らす。
私は東京での暮らしについて語った。最近料理も自炊でやっていけるようになったとか、色物分けずに洗濯したら色が移っちゃったとかそんな会話を。鉄じいは笑顔で聞いてくれた。本当は悲しいはずなのに……。
この笑顔に耐えきれず私はこの実家を逃げ出してしまったのだ。本来なら私が残ってもっとか家族を支えるべきなのに……。
ギリリと奥歯を噛みしめる。私はそんな罪悪感を払拭するようにばあばもママも私が見つける。そう心の中に誓ったのだ。
再び沈黙になると、鉄じいが「さ、とっと終わらせるよ」と言って作業に戻っていく。私は自室に戻ろうと踵を返したその時だ。肩に触れたのだろうか、一冊の古書がパサリと床に落ちた。何気なくそれを手に取り眺めるも、直ぐにその本を山に返した。何か違和感を感じながらも再び踵を返し戻ろうとすると──。
パサリ。
んん?
私はもう一度その本を拾い、今度は落ちてこないように本の山の間に入れる。
これなら絶対落ちてこないでしょ。
私は本をじっと見つめ落ちてこない事を確認すると再び踵を返し戻ろうとするのだが──。
パサリ。
どう考えてもおかしかった。最初のは偶然でも納得できたが流石にこれはありえない。
本を拾い見る。何の変哲もないただの古書。私はおじいちゃんに訪ねてみた。
「ねぇ鉄じい。この本知ってる?」
鉄じいは私の手にある本を細目にして見る。
「んーん。なんか知ってるような……知らないような……」
何とも曖昧な返事だ。
「ちょっとこれ借りてもいい?」
「ああ」
「ありがとう」
私は自室に戻ると早速さっきの古書を開いた。
「うぁ。想像はしてたけどやっぱりくずし字だ」
スマホを取り出し文字変換アプリを起動する。カメラ画面になり文字を写すと変換された文字が出てくる。こういったアプリは本当に便利だ。
変換された文字を読んでいくのだが途中である異変に気がついた。
私……この場所知ってる。
小さな頃の記憶が鮮明に思い出されていく。
どうして忘れていたんだろう。こんな大切な記憶……。
その古書には、村の山裏に位置する千代保稲荷神社についての記載されていた。
流れ込む記憶。
ここ……ママとよく来ていた神社……。
書物を読めば読むほどに不思議と当時の記憶が鮮明に浮かび上がってくる。
私は更に書物を読み進めた。どうやらこの書物には朝倉家と千代保稲荷神社の関係性について書かれているようだ。書物によるとこの神社の守護神として代々我が朝倉家がその役目を担っていたと記されていて、それは朝倉家の女が二十五才を迎えた日、守護神となり先代の者と入れ代わり狐の神である天狐様を守るものだと書かれている。これは私のお母さんとお婆ちゃんがいなくなった年齢と重なっていた。そして私も今年二十五になった……。
これはもう偶然じゃないよね。
私の中で確信に変わった。
お母さんはここにいる。
そう思うと、いても立ってもいられなくなった私は足早に準備を済まし書き置きを残して部屋を出た。
最初のコメントを投稿しよう!