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そこは記憶にあった頃よりも暗く陰鬱な雰囲気が漂っていた。それは隣にママがいないせいなのか、はたまた手入れのされてない神社のせいなのか。
赤い鳥居は苔が生い茂り唐牛で赤いと分かる程度に 朽ち果てていた。
どう見ても人の手が入った形跡がない。
こんなところに本当にママがいるのか。
鳥居をくぐると目の前には書物に記載されていた天界へ続くと言われている石畳の石道が見える。
その禍々しい雰囲気に私の本能がここを進めば戻れないと警鐘をならしているけど今さら怖じ気づいている場合じゃない。石畳に一歩足を踏み入れると一気に駆けていく。
道は坂になっていてそこを登りきると目の前には本殿らしき建物が見えた。早足で駆け上がってきたせいで息が切れ苦しい。
きっと、あそこにママがいるはず。
呼吸を整え本殿に向け歩み始めたその時だ。
ぐらりと体が揺れたと思うと体から力が抜けその場に倒れてしまう。
近づく地面。
ぶつかる!そう思った瞬間私は違う場所にいた。いや、正確に言えば霧で目の前がなにも見えな場所に立っていた。私が辺りを見回していると不意に声が聞こえてきた。その声はどこか懐かしくて……。
「さ、沙也なの?」
暖かくて。
記憶の中の声と変わらなくて。
私はその声の主が誰なのか直ぐにわかった。
声の方を見ていると霧の奥からスッと姿を表した。
黒い衣を纏った和服姿という私の記憶の姿のままで、何も変わっていないママの姿だった。
「ママ!」
私は走り出した。
「ダメ!鳥居をくぐらないで!」
その声にビクリと身を震わせ静止する。
よく見ると目の前には大きな赤い鳥居がそびえ立っていた。ママはゆっくりとした足取りでこちらに来ると鳥居の目の前で止まった。
目の前にずっと会いたかったママがいる。触れたくて一歩踏み出そうとする。
「だめ!」
でもママはそれを許してはくれない。
「どうして……。どうしてなの?」
「沙也はこっちに来るべきじゃないの。これはもう私の代で最後にするの……」
その言葉から私はなんとなく察した。
ママは代々長く続いてきたこの守護神という道を自分の代で終わらせると言いたいのだと思う。
「そ、それなら一緒に帰ろうよ。別にこんなところほっておいても大丈夫だよ」
私は手を伸ばした、その時だ。急に背中がゾワリと粟立ったと思ったら目の前のママが顔色を変え叫んだ。
「お願いいたします!お許しください!天狐様」
「ほぅ。わらわにもの申すか。偉くなったものだな沙友理も。でも遅い。この娘の失言許すわけにはいかないのだ」
そのどこか幼さの残る少女のような声なのに心臓をぐっと捕まれたような錯覚を覚え動けなくなる。そして──。
ドンッ。
私は誰かに背中を押され鳥居をまたいでしまったのだ。その瞬間霧が晴れ神々しくも真っ赤な本殿が現れた。所々に蓮の花が描かれ見事なまでの金の細工がされて まさに神話の建造物そのもので私は一瞬時を止めて見いってしまう。
「いやぁあああぁぁ」
その悲痛の叫びで私は正気に戻る。すぐさまママに駆け寄り抱き締めた。でもママはわなわなと震えてただ、「どうして、どうして」と繰り返している。
「きゃはははは」
それを嘲笑う声が響き、私はその声の方をキッと睨み付けた。でも直ぐにその睨みつけた目を緩めてしまう。だってその姿はファンタジーの世界でしか存在しないと思っていた……。
金色の長い髪に赤地に白と金の糸で紡がれた蓮の花が美しい衣をまといし……。
「けもみみ少女!?」
三角の耳にもふもふの尻尾。推定五歳ほどの少女はまごうことなき狐の擬人化したその……あれだ。
「なんだ?わらわの神々しい姿に言葉も出ないか」
わなわなと口を震わせていると、少女は私の前にやって来て尻尾をふりふりとしてくるのだ。
触りたい。
その衝動に敵うはずもなく私はもふもふの尻尾めがけて飛びついた。
「ふぎゃゃゃ!」
なんて柔らかくフアフアでいい匂いのする尻尾。
「や、やめるのだ。し、しっぽは駄目なのだ」
それでも止めないでいると、少女はブワッと毛を逆立て威嚇してきた。
「沙也!やめな」
一瞬硬直し声の方を見ても誰もいない。ただ、どこから入ってきたのか柴犬がこちらを見てお座りをしていた。
「沙也ちゃんあんまり天狐様をからかうもんじゃないよ」
え?今犬が喋ったよね?
「お母さん!」
ママが急に柴犬たいしてそう言った。
「え!お母さん?てことは……ばあばなの!?」
「やはり最近姿を消していたと思っていたが霊体になって下界に行ってたのだな。それでこの娘が急にここに訪れた理由も納得なのだ」
え?!ばあばが下界に?
私は数日前の事を思い返していた。
確かに不自然な電話に古書。思い当たる節がいくつかあった。
「なぁ天狐様やぁ、この三千代の頼みだと思って許してやってくれねぇかな」
「ふん。守護者ごときが、わらわの許可なく身体に触れるなど許されるわけないだろうが」
少女は手を私に向けてかざした。
「これは罰なのだ」
そう言葉にすると少女の手から空気が波打つようにゴウッと音を立て空気の刃が放たれた。
その神速の刃は容赦なく私の首を跳ねて……。
誰のかわからない悲鳴が轟。
私は慌てて自分の首を触る。
切れてない……。
「ほほう。多少わらわが手加減したとはいえ攻撃を防ぐとはなかなかやるではないか」
防いだ?この私が?私は何もしていない。
少女が今度は両手を翳した。
「なら、これならどうだ」
両手の先に大きな風玉が生まれる。それは形状を変えて再び大きな刃となる。
さっきの三倍はある大きさだ。周りの空気と空気がぶつかる音が凄まじい。まるで台風のようだ。
「これを受ければひとたまりもないのだ」
その言葉と共にそれは解き放た。刃は風切り音をたてながら容赦なく私の首を捉えようと高速で飛んでくる。
飛んでくるとわかっていても常人の私には対処できるほどの敏捷性はない。
今度こそ死んじゃう。
私は目をギュッと瞑り衝撃に備えようと全身に力を込めた。
──でもまてども衝撃が私に襲いかかることはなかった。それどころか、少女は、がくりと地面に膝をつき肩で息をしている。
一体何が起きたというのだろうか。狼狽していると、ママとばあばが今にも倒れてしまいそうな少女のもとへ駆け寄る。
「天狐様!」
何がおきているのかわからなかった。攻撃を受けた私がピンピンしていて、少女が瀕死になっているのか。
「沙友理一体あの娘は何者なのだ。わらわの力を跳ね返すなど普通の人間にできるはずがないのだ」
「天狐様。あの子は普通の子です。その原因はおそらく今の天狐様に信者がいないせいだと思われます。そのせいで本来の力が出せなくなっているのだと思います」
「でも、どうして力がないのだ?」
ママは大きな溜め息をつく。
「それにもとはと言えば力を失う原因を作ったのは天狐様です。天狐様が私の母を犬の姿に変えて下界に返さなかったせいです。本来母と私が入れ代わりに下界に下りて信仰者を導いてあげなければならなかったのです。それを貴方は遊び半分に私の母を……」
なぜかママの後ろにゴゴゴと黒い靄が見えるのは気のせいだろうか。
少女は耳をパタリと伏せ尻尾をキュッと丸めてカタカタ震えている。
なんだかこの子最初に見たイメージと全然違うな。
「ママなんだか可哀想になってきたからその辺で許してあげて」
私がそう言うとやれやれと呆れたように黒い靄が霧散する。
私は仕切り直すように、一度手を叩く。
「はい。じゃ一度お互いの利害を確認しようか」
二人はゆっくりと頷く。
「ありがとう。じゃまず。天狐様に聞きます。貴方の目的は何ですか?」
「そんなの決まっているのだ。わらわの信者を増やすのだ。そうすればわらわは力を取り戻し天界に帰ることができる」
「わかりました。では、ママに聞きます。ママの願いは何ですか?」
ママは少し気まずそうに天狐様を見て答える。
「天狐様を天界に返して家に帰る事です」
「わかりました。ではお互いの問題を解決する方法としては信者を集め天狐様が力を取り戻し天界に帰るというのがお互いの目的ということですね」
私は天狐様に向き直る。そして発言を続ける。
「では天狐様に質問です。その信者の集める方法とまたその信者になるための儀式などありますか?」
「いや、ないのだ。集める方法に縛りはないのだ。それと信者になったという証明も儀式も必要ないのだ。ただ思えばいいのだ。その人の信じる心がわらわの力となるのだ」
「わかりました。それなら良い方法があります。その前にもう一つ聞かせてください」
「な、なんなのだ?」
「天狐様は下界におりることは可能ですか」
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