鬱金桜の君

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「こんなきれいな桜、ただ枯らしてしまうのは忍びないですね。栞にして大事にします」 そっと手のひらに包んだ、淡い黄色の桜を見つめて八重がそう言うと、そうしてくれると贈った甲斐があるよ、と浅黄も言った。 家に帰る時に両親にそのことを話すと、良い記念が出来たわね、と喜んでくれた。 * 八重の家は勲功を治めたことによる子爵家で、つつましやかな暮らしをしていた両親だったが、豊かな財を惜しみもなく一人娘の八重に使った。八重に掛ける父母の愛情は底深く、幼い頃から勉学に励み、習字や茶華道、ピアノなどを習い、ゆくゆくは貞淑な令嬢と目されていた。 ところがその両親が、流行りの感冒を悪化させて相次いでこの世を去った。齢十四の八重は男爵である叔父の家に預けられ、小学校を卒業した後、女学校に進むことを止めさせられた。 叔父の家には同い年の従姉妹がいた。物静かな八重と違い、派手なことを好む従姉妹は、八重が両親からの形見として持って来た着物も帯もかんざしも何もかもを取り上げて自分のものにした。人に逆らったことのなかった八重の必死の抵抗は、居候だからという一言でなかったことにされ、また父の財産を継いだ叔父もそれを止めず、おまえは居候なのだから、と、八重に使用人の仕事を宛がった。 元来おっとりした八重だったから、叔父の言動に反抗などできなかった。愛情深く豊かな生活は過去になり、叔父一家にかしづく日々が続いていた。
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