鬱金桜の君

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言うことを言ってしまうと、叔母はもう八重に興味をなくしたように背を向けて去って行った。廊下の掃除はまだ終わっていないし、叔母の言うように雲行きも怪しい。早く掃除と洗濯ものを片付けて、あやめに傘を届けなければ。八重はあわただしく動き始めた。長い廊下を冷たい水に浸した雑巾で拭ききり、雨が落ちる前に干していた洗濯物を取り寄せ、たすきを外して家の裏戸からあやめの華やかな洋傘を持って、学校へ向かった。 どんよりと黒く垂れこめた雲が空を覆う帝都の街には、あたたかそうなインパネスコートやショールを身に着けた人々が行きかっていた。その中を、ぼろの紬だけの身なりで、俯いて歩いていく。顔を上げれば、華やかな装いの人々に、羨ましい気持ちが出てしまうからだ。 (身寄りのなくなった私を引き取ってくださったんだもの。おじさまもおばさまも、悪い人じゃないわ) はあ、とあかぎれだらけになった手に息を吹きかけ、あたためながら女学校へと急ぐ。山手の一画にあるその女学校は、軽快なバランスの取れたフランス詰みの緋色のレンガ造りの建物で、丁度授業が終わったところだったのか、学生たちが煉瓦門をくぐって出てきているところだった。八重はその正門から出てくる生徒を見逃さないでいられる、少し離れた場所に立った。門の前には迎えの人力車がいっぱい待っていたからだった。
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