鬱金桜の君

6/39
前へ
/39ページ
次へ
両親が健在だったら、こんな風には言われなかったのに。そう思うが、死んだ人は生き返らない。未成年の身で路頭に迷わなくて良かったのだと、八重は考え直した。 「あやめさん。では確かに傘をお渡ししましたので、私は帰りますね」 「でも、降ってもいないのに傘を持ち歩くのは面倒だわ。……そうだ。八重、この傘、お前が持って帰りなさい。わたくし、道中で雨に降られたら、新しい傘を買うわ。その方が、お買い物も出来るし、お前が触った傘を持たなくても済むし、わたくし、その方が良いわ」 贅沢好きの叔父一家は、八重の実家の財産を自分の家に湧いた湯水のように使っていた。決して享楽のためにお金を使わなかった父母を思うと、八重はやるせなくなるが、それも口には出せない。はい、と首肯すると、もう八重には目もくれないあやめたちと別れて、来た道を戻る。お遣いを言いつかっているから、叔母ごひいきの店まで行かねばならない。天気がもってくれれば、と思いながら、八重は急ぎ足でその場を去った。 「毎度あり。いつもごひいきにありがとうね」 「こちらこそ、ありがとうございます」 和菓子屋の店主にそう言われて店を出る。軒の上の空はどんより重たく垂れこめて、今にも雨が落ちて来そうである。立ち並ぶ商店に集う人々も、足早に駅や家へと向かって歩いている。 (早く帰らないと、降ってきてしまうわね……)
/39ページ

最初のコメントを投稿しよう!

333人が本棚に入れています
本棚に追加