夕陽の子猫

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夕陽の子猫

 この島には、いろんな昔話や伝説がある。  海底の竜から玉を奪い生命を落とした海女、水を酒に変える竜の眼球、顔にへばりつくお面、岩を千切って投げる怪物。  確か、まだ他にもあったと思う。  この狭い町で、そんなに化け物ばかり居たのだろうかと笑いたくなるが、どれも事実だとして歴史書に記述されている。  少し前に亡くなったが、歴史や言語などの研究者だった父さんもよく「化け物なら居るぞ。そこらで普通の顔して歩いとる。人を食って成り替わり、次の人を狙うんや。気づいても絶対に暴こうとなんてするなよ」なんて言っていた。  別に間に受けるわけではないのだが、陽茉莉の家のインターホンに人差し指をかざしたところで思い出してしまい、指を止めてしまった。  しかし、向こう側が見えるほどではないものの、光を通すガラスでできた玄関の扉だ。  インターホンを鳴らす前に、こちらに気付いて足音がドタドタと近づいて来るのがわかった。 「お、千隼やん。チャイム鳴らせてないで。どしたん?」  思いの外機嫌良さそうに陽茉莉が迎えてくれた。 「いや、えっと……どしたというか、うん…」  やばいな。そういえばノープランで来た。なんか相談事とか、適当に用事作っておけば良かった。  口ごもっていると、陽茉莉のお母さんがキッチンで洗った皿を拭きながら出て来て 「陽茉莉ぃ、あんた千隼くんがせっかく会いに来てくれたんやから、どしたんとか言わんの。千隼くん、ごめんねえ。デリカシーの無い子で。あ、イチゴ食べてく?」  と、からかい半分だと太マジックででっかく書かれたようなニヤケ顔を隠さずに言った。  デリカシーは遺伝子に書き込まれているのか、それとも家庭環境がそうさせるのか? 「おばちゃんありがとう。後で恨まれるんでイチゴは遠慮しときます。あんまり遅くならんうちに帰って来ますんで陽茉莉と散歩して来て良いですか?」 「千隼くんなら安心して任せられるわ!気にせずどこにでも連れてっちゃって!じゃあね、陽茉莉っ」  陽茉莉のお母さんが笑顔で、なぜか拳を握って陽茉莉を送り出す。「頑張って来なさいよ」とでも言いたげな拳だが、なぜそのジェスチャーなのか。 「まだ行くとも言ってないけどね」  陽茉莉は口を「いー」としながら、母親に対して犬でも追い払うように「しっしっ」と手を振って玄関をガラガラっと閉めた。
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