入社式

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ピピピピとアラームの音がする。 まだ薄暗い部屋の中、彼女はアラームを止めるために手を伸ばし、スマホをタッチする。アラームが止まると、再び静寂が訪れ、彼女は深呼吸をして一日の始まりを感じる。 彼女はベッドから起き上がり、カーテンを開けて外の光を取り入れる。朝日が差し込み、部屋が明るくなると、彼女は少しずつ目を覚まし、今日の予定を思い浮かべる。 彼女の名前は黒野美雷。 気怠そうにベッドから立ち上がりバスルームへ向かう。シャワーを浴びた美雷は、朝食にオートミールとプロテインを摂った後、出社の準備をし騒がしい東京の街へと繰り出した。満員電車の嫌いな美雷は、自転車で通勤している。 「今日は何時もより人が多いな」 この日は4月1日、新年度が始まる日。 東京都内にあるメディカルカンパニー、美雷が勤務している会社である。高品質な薬を提供し、国内外に広範な支社を持っており、研究開発にも力を入れ、革新的な医薬品の提供を目指している。 今日、メディカルカンパニーでは入社式が執り行われる。メディカルカンパニー(以降メディカン)では、新入社員の教育を前年度の社員がするという制度がある。一年で培った知識や経験の継承を目的としている その制度に適用される美雷は、何時もより早めに出社していた……つもりであった。美雷が到着したのは入社式開始五分前、会議室にいる全員の視線が美雷に集まる。囁き声が聞こえてくるが美雷はそれを無視し、着席する。 「君は本当に何も変わらないね、先輩になれば少しは変わると期待した私が馬鹿みたいじゃないか」 隣に座っている女性は、昨年美雷の教育担当を務めた先輩であり、現在はメディカン営業部の課長である、久浄 穂乃香。彼女は落ち着いた雰囲気で、鋭い視線と厳格な人物である。 「給料が発生するんだったらもう少し早く来るんですけどね」 穂乃香は美雷を一瞥し、特に何も言わずに前を向いた。九時になり入社式が始まると、社長が新入社員に向けて熱心に話し始めた。 社長が話している時、美雷は欠伸をしながらスマホをいじっていた。 美雷は決して遊んでいる訳ではなく、今日の業務をチェックしていた。穂乃香も含め、誰も注意しないのは美雷が特別な存在だからだ。彼女には、優れた能力とポテンシャルがあり、少しの自由が許されている。 美雷は入社条件の一つである大学卒業を満たしていないが、特例として高卒でメディカンに就職している。この特例には美雷の所持している滅菌者(ステライル)という資格が大きく関わっている。
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