ご近所カプリッチョ

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 三人の来店があってから数日後、久々に例の院生さんが来た。  おっ、とシンヤの心は密かに浮き立ったが、なんだか院生さんの雰囲気がいつもと違うことに気付く。  髪が伸びたとか痩せたとか太ったとかではなく、どことなく……空気が和らいだというか、明るいというか。院生さんは買い物カゴを手に取ると、心なしか足取りも軽く店内に入ってくる。  売れ残った朝刊を片付けつつ、はて? と思っていると、続いて来店を知らせるチャイムが鳴った。「いらっしゃいませー」と口にしたところで、その客がたかちゃんだということに気付いた。来店が続くのも珍しいな、と思っていると、 「かえで!」  と、彼が彼を呼んだ。  は? と思わず口が開いた。院生さんが振り返って「早かったな」と微笑んだ。  息が止まる。 「うん、ユキちゃんが送ってくれた」  ああそう、と、『楓さん』はなんだか微妙な表情をしたが、相手はそれに気付かないようだ。 「まあいいや、おまえ、他に欲しいもんあるか?」  二人で楓さんが手にしたカゴを覗き込む。 「えっ、これだけ? 足りないことない?」  ないな、と楓さんは軽く首を振る。 「このあいだ、あいつらが置いてったろ、いろいろ」 「ああ、せやった。ほんま買いすぎやんな。二人とも買い物が楽しかったみたいで」 「それは分からないでもないけどな。あ、ヨーグルトはまだあったよな?」 「うん、だじょうぶ」 「納豆巻き食うか?」 「……やめとく」 「おまえ、まだ食えねえの?」 「あれが食べものいうの、納得いかへん」 「イソフラボンなめんなよ、完全栄養食だぞ」  そんな会話を聞きながら、シンヤは先日、目撃した三人のやり取りも思い出す。そして何より、この二人の距離感と一挙手一投足が…… 「こんばんは」  声を掛けられた。というか、たかちゃんがレジにやってきた。 「い、いらっしゃいませ」  条件反射で口にして、シンヤはあたふたとレジに戻る。何とか気を落ち着けて、カゴの中身のレジ打ちを始めたところ、あっ、と、楓さんは何かに気付いたように陳列棚に戻っていく。買い忘れかな、と思いつつ、心を無にしてレジ打ちを続けていると、ぽん、と軽い音がして箱がレジカウンタの上に置かれた。 「これもお願いします」 「あ、ハイ」 「ン? えっ?」  コンドームが。  たかちゃんとシンヤがしばしそれを見詰めていると、楓さんのスマフォに着信があったらしい。ちょっと面倒そうな貌をした楓さんはスマフォを片手に、あとで払うから、と彼に軽く言いながら出て行こうとする。 「えっ、や、ちょっと、楓⁈ ど、どうして」 「たしか残り少なかったから」 「だ、で、でも、なんでいま⁉」 「なくなったら困るだろ」 「こ、こま……ちょっ……‼」  平然と応えて立ち去る楓さんに、慌てるたかちゃんは耳まで赤い。ほとんど男子高校生のような反応に、シンヤは思わず言わずもがなのことを口にした。 「袋、分けましょうか?」 「やっ、だ、大丈夫です‼」  ボディバックに入れるというので、シールを貼ってたかちゃんに渡す。相手が焦っているとかえって冷静になれるのか、シンヤは自分が一連の行動をすかした顔で出来ていることを内心、感謝した。  それ二人で使うんですか? なんて訊かないんで、慌てるとかえって良くないですよ、とかアドバイスすべきかと思ったりもする。  あまり、深く考えてはいけない。  いや、考えないわけではないが、あまりに……微笑ましくて、シンヤはつい顔が緩んでしまうのを必死に堪えていた。
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