第三章「赤毛の少年」第十四話「血断ちの祈祷」

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第三章「赤毛の少年」第十四話「血断ちの祈祷」

登場人物紹介・二 1.「安倍晴明-あべのせいめい」 主人公、希代の陰陽師。前編で妖狐である自身の正体を美夕に明かした。 今回、美夕のために鬼女化を止める祈祷を道満と挑む。 2. 「美夕-みゆう」 ヒロイン。鬼と人との混血児。晴明のことが大好きで想いを打ち明けた。 父のように身も心も、鬼になってしまうのを恐れている。 3. 「蘆屋道満-あしやどうまん」 播磨の法師陰陽師と呼ばれる素性不明の男性。美夕のことを一途に想っている。 美夕のために晴明と鬼女化を止める祈祷に挑む。 4. 白月 (はくづき) 鬼神の女性、黒月の妹。賀茂光栄に利用され式神にされていたが。 晴明に救われて晴明の式神になる。 5. 「赤毛の少年」 晴明の屋敷に現れる赤毛の少年。言動がひどく大人びていて どこか、謎めいている。敵か味方か。正体は一体? ☆・・・・・・・・・・・・・・・・・・・☆ 血断ちをして三日目、美夕に禁断症状が現れた。 血を欲して苦しむ美夕。晴明は、道満と共に禁断症状が治まるまで、 美夕の身体に霊符を巻きつけ、祈祷をした。 その様子を庭の木上で見詰める、人物がいた。 「ふ~ん……あれが、美夕か」 少年はニヤリと口角を持ち上げると、木上から軽い身のこなしで、飛び降りた。 ここは、安倍邸の祈祷の間。 晴明と道満が、不動明王の真言を唱えて、数珠をかき鳴らしている。 「ノウマク・サンマンダ・バザラダン。センダンマカロシャダ・ソワタヤ・ウンタラタ・カンマン」 「あああ~っっ!!」 美夕が身悶えし、悲鳴を上げる。魔を祓う、香の香りが辺りに漂っている。 美夕は胸を()(むし)り、脂汗を流してぜいぜいと肩で息をしていた。 あまりの美夕の消耗ぶりに、晴明と道満が心配し、道満が唱えるのを止め「美夕ちゃん。少し休もう」 と、声を掛けると美夕は首を横に振り、 「いいえ、道満様。続けてください! お願いします。晴明様」 晴明が、口を開きかけた。その時。 「おお、健気だねぇ。でも、それじゃあ。助からないぜ?」 「誰だ!」 晴明、道満、美夕が声のした方に振り向くと、衝立の後ろから、 緑色の水干姿の長い髪を頭の上で縛った。赤毛で、14~5歳の生意気そうな顔をした、少年が出てきた。 「赤い髪に赤い目……()(くに)の童かな。あんた、どっから入ったの?自分の家に帰んなきゃ、駄目だろ?」 道満がきょとんとし、少年の肩を掴もうとすると、少年の姿がフッと、掻き消え。美夕の後ろに現れた。 少年は、美夕を後ろから抱きよせると、手馴れた手つきで、あごを持ち上げ。 不敵な笑みを浮かべた。 「鬼の娘よ……お前はなかなか、良い女だ。どうだオレの女になるか?」 クククとのどを鳴らし何と、口付けをしようとした。 「いやっ、放して! 晴明様、助けてくださいっ」 血相を変え、少年の身体を押し戻そうとする美夕。 「んのやろっ! 美夕ちゃんを放せ!」 道満が顔を真っ赤にして、掴みかかろうとすると、 少年は強力な呪を唱え道満は、金縛りの状態になった。 「ぐっ!」 悔しそうに、顔を歪める道満。ニヤリと笑い、更に美夕に迫る少年。 少年の力が強く、美夕の非力な力では、どうにも出来ない。 その時、晴明が少年に向かって、持っていた扇子を広げ投げつけた。 扇子は弧を描いて、シュルシュルと回転し少年に迫る。 少年は危険を察知して、とっさに美夕から、飛びのいた。 が、扇子が触れた。少年の水干の袖が、鋭利な刃物で切り裂かれたかのように横に裂けた。 扇子は頬にも触れ少年の頬から、真っ赤な血が滴り落ちる。 その隙を見て、美夕は晴明の元へ駆け寄り腕にしがみついた。 カタカタと、小刻みに震える美夕を抱き背を撫でてやる。 「わっぱ! 遊びが、過ぎたようだな」 そのまま晴明は、鋭い視線を少年に向けた。 「おお! 怖い。この陰陽師は、恐ろしいなぁ!天下の安倍晴明殿も、女一人にご執心ですか?」 少年はわざとらしくおどけてみせたが、油断なら無い視線を晴明に向けた。 「戯れはたいがいにしろ……今すぐ、道満の金縛りを解け、篁(たかむら)」 というと、篁と呼ばれた少年はパチンと指を鳴らした。 すると、道満の金縛りが解け動けるようになった。 道満は息も絶え絶えに、冷や汗を流した。 道満とて、播磨の法師陰陽師では、名高い法力の持ち主である。 それがこうもあっさりと、手玉に取られ金縛りに掛かってしまった。 この一見、普通の少年に見える輩にである。内心悔しさと、驚きの色を隠せなかった。 「ねえ、晴明ちゃん……この篁っていう奴は、一体何者なのさ?」 美夕も晴明を見た。晴明は横目で道満と美夕を見ると、口を開いた。 「こやつは、小野篁(おののたかむら)……生きながら、炎魔宮(えんまきゅう)官吏(かんり)となった男。篁は、八十年以上も昔に冥府に住居を移した」 すると、それを聞いた美夕は青ざめた。 「冥府ということは……この方はゆ、幽霊だということですかあ!?」 驚愕すると、篁は呆気なく笑い。 「肉体は、一応あるけどね。ま、面倒くさいからそういう事にしといて良いよ。で、晴明とは、童子の頃から面倒見てやった。兄貴の代わりっていう所かな?」 にっこりと微笑むと晴明は、冷ややかに睨み、 「お前を兄の代わりと、思った事はない。私の兄上は、賀茂保憲(かものやすのり)殿だけだ!」 と、ピシャリと言い放った。 晴明は、童子の頃から、保憲の父親陰陽道の師の賀茂忠行(かものただゆき)を養父として保憲と共に育ち、兄弟子だが、本当の兄と慕っていた。そのこともあって、その篁の軽い物言いが、どうしても許せなかったらしい。 「いや~ん! 晴明様が、冷たい~!」 と、わざとらしく嘘泣きをする篁。道満が小さく口を尖らせ、 「炎魔宮の官吏って、閻魔大王の部下ってことだろ? その部下が、何の用でここに来たんだよ」 小野篁は、呆れ気味に溜息をもらし、 「お前、馬鹿だな~! 最初に言ったろう? その美夕という娘はこれじゃ、救われないってさ!」 篁の小ばかにした物言いに、気分を害する道満。 「美夕ちゃんが、助からないって。どういう事だ!  お前なんかに、そんな事を言われる筋合いは無いっっ!!」 と道満が、興奮して詰め寄ると、篁はうっとうしそうに 道満の顔を押し戻しながら晴明を見た。 「―――晴明。お前なら、既に気がついているはずだ。 現世の術では、鬼女になりかけているその娘は、助からないと…… お前、冥府の禁術を、使おうとしてたろ?」 とジロリと睨むと、晴明は(おく)することなく言った。 ☆・・・・・・・・・・・・・・・・・・・☆ ◇今回の登場人物◇ 「小野篁-おののたかむら」 冥府の閻魔大王直属の官吏。女好き、好色で困った所もあるが、 晴明が子供の頃からの縁があるらしい。薬の調合と変化の術が得意。 ☆・・・・・・・・・・・・・・・・・・・☆ 三章始まりました。よろしくお願いします。
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