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第十八話「炎獄鬼討伐命令」
美夕は桃色の舌を出し恐る恐る、晴明の血を舐めてみた。
晴明の血は、想像していた以上に美味だった。
美夕は無我夢中で、晴明の腕をしゃぶった。
その姿を晴明は、哀れみの念を込めて見詰めていた。
「そこまでだ!」
篁は美夕の両肩を掴むと無理矢理、晴明から引き剥がした。
「もっとぉ、もっと血をちょうだい!」
らんらんと金色の目を光らせ、手を伸ばし血を求める美夕を見た、篁は眉根を寄せ。
チッと舌打ちすると晴明を冷たい視線で睨み。
「何のつもりだ? 晴明!
鬼女に成り掛けている美夕に自ら、血を与えるなど!
それは、優しさではない! お前の自己満足だ!!
お前は本当に、この哀れな娘を救う気があるのか!!?」
と怒り晴明の胸倉を掴んだ。晴明は切なげな表情をし、
「すまん、篁……俺は美夕が、あまりにも哀れで見ていられなかったのだ。
俺の血で美夕の気が収まるならとそう、考えてしまった。我ながら甘過ぎたと思う。
陰陽師に有るまじき行為だ」と頭を下げた。
「良いか? もう二度と、血を与えようと思うな!
美夕の事を、本当に大切に思っているならな!」
と篁は言うと水干のたもとから、和紙に包まれた物を取り出した。
「約束の鬼女化を止める薬だ。噛まずに飲み込め」と
篁は紙を広げると、豆粒大の薬をつまみ、美夕の口の中へと入れた。
美夕はゴクンと飲み込んだ。
すると、急に意識が遠くなり美夕はふらりと倒れ掛かってきた。
いつの間にか晴明は、元の姿に戻っていた。冷静に美夕を受け止める晴明。
それを見て、道満が駆け寄ってきた。
「篁っ! 美夕ちゃんに何をしたんだ!!」と声を荒げる。
篁は、すました顔で言った。
「相変わらず、うるさい男だ。これは朱雀の丸薬の効果だよ。
飲むと薬草の副反応で、一時的に意識を失うんだ……
まあ、害は無いから心配しなくて良い」
道満はホッと胸を撫で下ろした。
篁は一振りの刀を取り出し、
「受け取れ!」と晴明の方へほうった。美夕を抱いていない方の手で、刀を受け取る。
「何だ、これは。」と篁に聞くと、篁はにやっと笑い。
「お前は、試練に見事合格した。合格したら、閻魔王様にお前に渡せと、頼まれていた物だ。名を吹雪刀という。冥府の名工と呼ばれる刀鍛冶が、打った。
極寒地獄の吹雪を呼び出して、使う事の出来る呪がその刀身には刻まれている。
むろん、切れ味も折り紙つきだ! 抜いてみろ」
晴明は吹雪刀を抜き放った。金色の呪が刻まれた美しい蒼い刀身が現れた。
はらはらと、イチョウの葉が目の前に落ちてきた。
晴明は刀をひらめかせると、イチョウの葉っぱが二つに切れた。
晴明は抜群の切れ味に思わずうなり、
「ほう! これは、良い刀だ。篁。
美夕の薬の事も併せて、閻魔大王様に礼を言っておいてくれ。」
というと、篁は晴明を見て
「いや、礼なら身体で払ってもらおう。
実はお前には、炎獄鬼の討伐命令も出ているんだ」
それまで、黙っていた道満が抗議した。
「ちょっと待てよ! 晴明ちゃんは、あの過酷な試練を見事、戦い抜いたじゃないか!それじゃあ不満足なのかよ!? なんで、お前ら地獄側の問題を
こっちに持ってくるんだ!!」
すると、篁は鋭く目を細め
「ほう? 我らが、閻魔王様のご命令に楯突くか?この命知らずが」
とギロリと冷ややかに道満を睨んだ。
「うっ……!」
その凍てつくような眼力に道満は、背筋が凍りついた。
その時、そっと晴明が左手で篁を制止した。
「晴明!」
篁は眉根を寄せ、晴明を見上げた。
「篁、道満は私の身を案じてくれたのだ。
無礼はどうか、私に免じて赦してやって欲しい」
と、晴明は篁に軽く頭を下げた。
篁は「お前がそう言うなら……」と、表情をゆるめた。
思わず胸を撫で下ろす道満、晴明は道満に言った。
「道満、私は今回の命を受けようと思う」
どうしてと、詰め寄る道満に晴明は真剣な表情で
「私はな、道満。美夕が一人呟いているのを聞いてしまったのだ。
母を殺した、憎い敵の父親を自分の手で殺すと。
そう、美夕は涙を流しながら言っていた。
あの優しい娘に親を殺せるはずがないのだ……
だから、炎獄鬼は私が倒す! 美夕の手を汚れさせはしない!」
「晴明ちゃん……」
それを聞いて、道満は自分も力になれたらとそう思った。
◆ ◇ ◆
美夕は次の日になっても、目を覚まさなかった。
燭台の灯りが、暗い部屋をぼんやりと、照らしている。
美夕は、自分の部屋で目を覚ました。
「目を覚ましたのかい? 美夕ちゃん。身体……なんともない?」と、
道満が心配そうに問いかけてきた。
どうやら道満は美夕が心配で寝ずにずっと、
付き添っていたらしく、目にクマが出来ていた。
そんな道満を美夕が気遣い。
「私はもう、大丈夫です。すみません。
道満様こそ、私の為に……眠っていないのでしょう?」
と心配すると、道満はわははと笑い。
「そっか。良かった! 大丈夫! 俺は、頑丈なだけが取り柄だから。
それよりも、心配なのは晴明ちゃんのことだよ。
晴明ちゃん、あれから屋敷に帰ってきてそれっきり、死んだように眠ったままで。
ぴくりとも、動かないんだ……今、白月ちゃんと篁が介抱してる」と、うつむくと
美夕は、ぶるぶると震え。「晴明様!!」と叫ぶと、
部屋から走り出て、晴明の部屋へと向かった。
美夕がふすまを開けると、篁が晴明の傷に塗る薬草をすり潰していて、
白月は晴明の包帯を変える所だった。
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