コドウ

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 はじまりは特別蒸し暑い夏の夜でした。  その日は異常なほど仕事のトラブルが多く、対応に追われて帰るのが遅くなったのでした。自宅の最寄り駅に到着したのは午前一時を過ぎていました。  改札を抜けた瞬間、駅構内の照明がバチンと消されました。俺で最後か、と思いながら振り返らずそのまま駅を出ました。目の前のコンビニに入り、ビールとおつまみを購入し家路につきました。自宅へ向かう駅前の道路に人影はありませんでした。車も通らず、物音もせず、全てが何かを企んで忍んでいるかのようにシンとしていました。  そうして歩いて少し進んだところで、右手に路地への入口があることに気がつきました。 (近道するならこっちか?)  そう思い、路地をのぞき見ました。板塀に挟まれた幅二メートルほどの細い路地でした。令和なのにアスファルトで舗装されておらず、途中にある街灯はチカチカと不規則に明滅して薄暗さを強調し、路地はなんとも言えない不気味さを感じさせるのでした。路地の出口、約百メートル先にはまばゆい大通りの灯りが見えていました。百メートルほど歩けば大通りへと抜けられるようでした。  不気味さを感じながらも、何かに誘われるように路地へ足を踏み入れました。路地に入ると急に生温かい風が吹きはじめました。その風に拒否反応を起こすように体中から嫌な汗が噴き出てきました。シャツが肌にひっつき、何者かにあちこちから引っ張られているような感じがしました。  そうして五十メートルほど進んだところ、路地の中間あたり、不規則に明滅する街灯の下に、女が一人、這いつくばっているのに気がつきました。 (さっき路地をのぞいた時には気がつかなかったな)  女は虫のように四つん這いになってゴソゴソしていました。何かを探しているように見えました。妖怪などを信じる年齢ではありませんが嫌な感じがしました。引き返すのも面倒だと、俺はスマホを触っているフリをしながら女を無視して横を通り過ぎることにしました。 「コ……コ…ウがない」  横を通り過ぎる時、女が何かブツブツ言っているのが聞こえました。 (何をブツクサ言っているんだろう?)  俺は少し気になりましたが、疲れていたし、気味悪いしで、そのまま無視して通り過ぎ、路地を抜けて家へと帰りました。
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