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初秋
「進藤さんって、休日は何して過ごしてるんですか?」
進藤千春が積み重なった皿を棚に戻している時だった。
同じように食器を整理していた篠塚美紀はパッチリとした二重を千春に向けながらそう尋ねた。
平日の正午だというのに、郊外の小さなカフェに来る客は少なかった。店長は店内にいる最後の客の会計を済ませ、テーブルの片付けに勤しんでいた。
「…俺は、ずっと家にいます。」
千春はそれだけ答えると再び棚へ視線を戻した。
美紀はそんな彼の態度に不服そうな顔を浮かべ、グラスを並べ始める。
テーブルから小皿とグラスを持ちながら、店長は二人のいる厨房へと入った。
「二人ともお疲れ様。」
「お疲れ様です。」
「お疲れ様でーす。」
店長は下げた食器をシンクへ置き、水道の蛇口を捻った。
美紀はグラスの整理が終わると一息ついたようにため息をつき、髪につけていた橙色の装飾が埋め込まれたヘアピンを付け直した。
三人の間に食器を洗う音のみが響き、やがて蛇口を捻る音が聞こえれば流れていた水が止まる。
店長は水切りラックに洗った食器を置くと、千春と美紀の方へ視線を移した。
「メールでも伝えたけど、今日は二時までだからもう上がっていいよ。」
「え?いいんですか?まだ十二時過ぎたばかりじゃないですか。」
美紀は喜びが隠しきれていない表情で店長に尋ねた。
千春は何も言うことなく棚の扉を閉め、店長の方へ向き直った。
「今日はお客さんも少ないし、僕一人でも大丈夫そうだ。」
店長は柔らかな笑顔でそう言いながら額に滲んだ汗をハンカチで拭いていた。
美紀は嬉しそうなにやけ顔でエプロンを外すと、元気よく挨拶をした。
「じゃあ、お疲れ様です店長!」
裏の控え室へ駆けて行く美紀とは逆に、千春は落ち着いた様子で手を洗い始めた。
「本当に大丈夫ですか店長、俺まだ手伝えますよ。」
「良いんだよ千春くん。君は一人暮らしで色々大変なこともあると思うし、しっかり休みなさい。」
店長の笑顔に千春は言い返すことができず「わかりました…」と呟いた。
冷たい水が彼の手を伝い、銀色のシンクへ泡と共に落ちてゆく。その様を千春はじっと見つめていた。
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