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「じゃあ、お疲れ様です。」
千春は店長に軽く会釈をした後、控え室の扉を開けた。
美紀は中央に置かれた机に鞄を置き、手鏡で自身の顔を眺めていた。
千春に気づくなり手鏡を下ろし、彼に軽く会釈をした。
「進藤さん、この後予定とかってあるんですか?」
「…まぁ、少しあります。」
千春は並ぶロッカーの一つを開け、エプロンをハンガーにかける。
そして上着を取り出し羽織ると、長い髪を軽く手櫛で梳かした。
美紀はそんな彼の行動を後ろからまじまじと観察するかのように見ていた。
「少しって…買い出しとかですか?」
「…いや、家庭の事情です。」
かけてあった肩掛けの鞄を取り出し、千春はロッカーをバタンと閉めた。
そして部屋の隅に置かれた小型のパソコンにタイムカードを打ち込むと、カバンを肩にかけた。
「お疲れ様です。」
「ぁ…っ、待…」
美紀が声をかける前に千春は裏口の扉を開け、外へ出て行った。
ガチャリを閉まる扉を見ながら一人部屋に残った美紀は深々とため息をつく。
「…はあぁ……顔は良いんだけどなぁ…。なんでいっつもあんなに急いでんのかな…。」
椅子の背もたれに身を預け、美紀は手鏡をパタリと折りたたむ。
そして真っ赤な薔薇が描かれた手鏡を鞄に仕舞いそっと立ち上がった。
「家庭の事情って…絶対嘘じゃん。絶対彼女じゃん、デートじゃんか…。」
美紀は不満げに顔を顰めながら裏口の扉を開け外へ出た。
雲が所々に浮かぶ空は青く、太陽の光がアスファルトを照らしていた。
初秋だというのにやけに暑かった。行き交う会社員や若者は半袖が大半で、皆暑そうに手で顔を扇いでいる。
美紀は照りつける太陽の下、軽くあくびをしながら歩き始めた。
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