記憶「小学生」

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 放課後、千春はボロボロのランドセルに同じくボロボロの教科書を詰め込んでいた。 教室内には多くの生徒が残っており、そのほとんどが他の誰かと談笑していた。一人ぼっちなのは彼だけだった。 千春は一刻も早くこの騒がしい空間から逃げ出したかった。耳の奥深くまで聞こえる笑い声が全て自分に向けられている気がしてならなかった。  視界をランドセルから上げる。皆が千春を見ていた。その目に感情というものはなく、ただただドス黒かった。 全くと言って良いほどの無表情。口は噤まれ、呼吸さえも感じられなかった。真っ黒い沢山の目が、クラス中から彼を見つめている。 どこからか声が聞こえてきた。千春の耳の奥まで、まるで脳に直接語り掛けるかのように、空間中から声が飛び込んできた。 「進藤、お前って親に捨てられたんだろ?」 「じゃあ誰からも愛されてないんだね。」 「君って誰から必要とされてるの?」 「同じ服ばっか着てるよね、なんか臭いし。」 「ノート買い換える金もないのかよ。」 「いつも無表情で死んでるみたい。」 「犯罪者の元で育ってる子。」 「嫌な目つきしやがって。」 「ほんと気持ち悪い、何考えてるかわかんない。」 「髪も切ってもらえないなんて可哀想。」 「何ために生まれてきたの?」 「お前なんか生きてても価値ないだろ。」 「早く死ねばいいのに。」  呼吸のように絶え間なく聞こえる罵詈雑言。耳を塞いだところで効果はなく、心臓をゴッソリと抉り取ってしまうほど鋭い刃物のような言葉が響き続ける。千春は下唇へ歯を立て、ランドセルへと顔をうずめた。視界を完全なる闇へと閉ざし、意識さえも遠ざけようとした。  眼など見えなくなってしまえば良い。耳など聞こえなくなってしまえば、口など開けなくなってしまえば…。  呼吸など、止まってしまえば良い。  千春は念仏のようにそんなことを唱え続けた。頭の中で何度も何度も、声が完全に聞こえなくなるその時まで…。 体感などもはや皆無だった。彼の中でこの時間は永遠なのだ。
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