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秋人は少々躊躇っていたが、やがて大きく一度ため息をつくと小さく呟いた。
「…わかった。」
窓の外はすっかり日が落ち、街灯やビルの灯りが所々光っていた。
千春はコーヒを一口飲み込み、今度はしっかりと秋人の顔を見つめた。
「……あの事件…って?」
「……ほら、アレだよ…。お前んとこのオヤジが起こした……」
しかし秋人がそこまで話したところで、不意に携帯の着信音が鳴り響いた。
秋人は顔を上げ、すかさず鞄の中の携帯を取り出す。そして自身の耳に当てがった。
千春は突然の事態に少々拍子抜けしてしまった。目の前の秋人は千春に申し訳なさそうな視線を二度三度送りながら、電話口の向こうの相手と何やら言い争っていた。
「わかってる」、「今すぐ行くから」と彼は怒鳴るような口調で言い放った後、携帯を乱暴に鞄の中に仕舞い込んだ。
「……ごめん、俺行かなきゃ…。」
秋人は財布を取り出しながら弱々しく呟く。
すっかり変わってしまった彼の態度に、千春は幾分か接しやすくなっていたのもあり、小さな声ではあったが尋ねた。
「…何かあったのか?」
「……母さんだよ。今色々あってさ…。」
秋人は顔面を覆い隠すように手を当て、机に肘を乗せた。
「弟がさ、行方不明なんだ。」
千春の心臓がドクンと大きな音を立てる。
冷や汗とは違う何かが背筋を伝い、手先が震え始める。呼吸が乱れ始め、瞳が大きく揺らいだ。
しかし目の前で項垂れる秋人は、そんな彼の様子に気づくことなく話を続ける。
「今さ、巷で起こってるだろ…変な殺人事件。体に文字刻んでさ、死体はゴミ捨て場に捨てるんだ…。なんつーか本当…悪趣味な野郎だよ…。」
妙に弱々しい声で告げられた内容に、千春はどう反応して良いかわからずにいた。
「それでさぁ…こんなこと考えたくはないけどさ。もしかしたらさ、弟も巻き込まれてんじゃないかって…考えちまうんだよ。」
再び携帯の着信音が鳴り響く。すると秋人は顔を顰めながら携帯の電源を切った。
「弟がいなくなってからうちの母さんがさ、発狂しちまって…。俺の帰りが遅いといつもこうなんだ…。何回も電話してくる。」
千春の心拍数が増してゆく。まるで罪を自覚させるかのように、体が無意識に震えている。
辺りの騒音が耳鳴りのように脳内に響く中、秋人の声だけはやけに鮮明に聞こえていた。
「親父は全然見向きもしねぇし、弟の手がかりは一向に見つからないし…。俺もうどうすりゃ良いかわかんねぇよ…。」
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