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「…はぁ?お前に俺の何がわかるんだよ!」
窓の外の僅かな街灯だけが照らす室内。世界の片隅に取り残されたような寂しげな空間。
千春は部屋全体に響き渡る声でそう言い放ち、拳を強く握った。
そんな彼の様子など気にもせず、秋也は床を軋ませながら距離を詰める。そしてゆっくりと口を開いた。
「全てわかります。」
凛とした顔だった。まるで本当に全てを見透かしているかのように、彼の表情は逞しいものだった。
千春は兄の秋人と似たその顔に恐怖さえも感じていた。不安に支配された秋人の顔と、目の前で千春を射抜くように見つめる秋也の顔がピッタリと重なってしまった。
同時に、孤独が自由と感じていた過去の自分を否定された気がした。自分の信念を否定された気がしてならなかった。
こうして千春の中の信念と後悔、有りとあらゆる負の感情が限界に達した時、彼は無意識に机の上のペン立てに入ったカッターナイフを取り出していた。
「…全てって、何だよそれ…。そんなんじゃわかんねぇよ!大体、俺とお前なんてたった三ヶ月の関係だろ?そんなんで知った気になってんじゃねぇよ…!」
後悔は殺意へ変わっていた。秋人への懺悔は、秋也への反感へと変わっていた。
カッターナイフの先端は秋也の心臓へと向けられる。千春は爆発しそうな怒りを堪えるように歯を食いしばっていた。
一生隠し通すことのできない厄介ごとは、いっそのこと消してしまおうか。彼の脳内に“殺人“という二文字が過ぎる。
まるで自分の家かのように気ままに居座る秋也の存在が、千春は異端に見えて仕方なかった。現に彼は今、鋭いカッターナイフを目の前にしても顔色ひとつ変えないのだ。
「…懐かしいですね、そのカッター。三ヶ月前を思い出します。」
それどころか秋也は口元を緩やかに吊り上げ、どこか不自然な笑顔を見せた。
そして千春の掴んだカッターナイフを躊躇いもなく握った。音は聞こえなかったが、肌が刃に食い込む感触がカッターを伝い、千春の手にまで届いていた。
「良いんですよ、あの時みたいに俺を切りつけてくれたって。寧ろ、俺はあの時のハルさんの方が好きです。」
秋也は刃を握ったまま、カッターナイフを自身の心臓部分へ近づけた。
まるで死や痛みなど恐れていないかのように、その手に迷いはなかった。
先に折れたのは千春だった。震える手をカッターから離し、彼は後方のソファへと力無く座り込んだ。
「……お前さぁ、おかしいよ。本当…。」
カッターナイフが床に落ちる音と共に、ソファが更に沈む。
千春が顔を上げれば、隣には秋也がいた。歯が食い込んだ手のひらには血が滲んでおり、彼はその手で千春の頬を覆うように触った。
そして自身の額を長い前髪により隠れた千春の額へ優しく押し当てた。
その様は一見、熱があるかどうか確かめているかのようだった。
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