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とある休日、部屋でうじうじしていたら、ウジイエくんがドライブに連れ出してくれた。海を見に行こう、と彼は言った。
南へと向かう道はいつものように混み合っていた。遅々として進まない車中、わたしたちは近況を報告し合った。わたしたちは、不倫仲間だったから。
「先週も、かおりさんの家に行ったんだよね」
と、ウジイエくんが切り出した。
「いつも食事を用意してくれていて、デパ地下のオソウザイとか、オトリヨセだったりするんだけど、でも、その日は、ポテトサラダを手づくりしてくれたんだ」
彼は前方を見つめたまま、前の車の赤いテールランプに目を細め、銀縁の丸メガネを少し触った。
ウジイエくんの相手は、勤め先の社長の若妻、といってもわたしたちよりもずいぶん歳が上だったが、そんな、ちょっと、昼ドラのようなことをしていた。
「かおりさんの家って、正直言って、落ち着かないんだけどさ。なんだかそのときは、かおりさんが、きれいなネイルをつけた手で、だけど慣れたふうに、たまねぎを水にさらしたり、じゃがいもをつぶしたりしているのを見てたら、ただそれだけで安心できたんだよね」
わたしは、所在なげに台所をうろうろしているウジイエくんを想像した。手伝うわけでもなく、置いてある調味料を手に取り、成分表示を見たり、じっと、調理する手元を見つめたりしている。それは、母親に今日の夕飯をたずねる小さな子どものようだ。
恋が人の数だけあるように、不倫だって人の数だけあるらしい。
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