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女性が滑って転んだのは、こぼれた猫の餌のせいだった。
「なんかケチついちゃったな」
女性がため息をついた。
「これから面接なんですよ。緊張するから早めに出て来たんですけど、うんこ踏んじゃうし」
「あっ、それ違うみたいですよ」
猫の餌だと伝えると、複雑そうに笑う。
「元気出してください。ここ、うんこ道と言われるほど落ちてるらしいので踏まなくて良かったですよ」
「うんこ道……この街で働く事になったら毎日通らなきゃいけないんですね」
女性は力無く笑い、「でも何だか肩の力が抜けた」と言って面接会場に向かって行った。
「あっ、猫」
太った猫が生垣から顔だけ出してこちらを見ていた。そっと近づいて行くとピンク色のスカーフに名前らしき刺繡が施されている。
「Sakura……かな? もしかして迷子かな」
猫はもごもごと生垣から這い出て、伸びを一つすると細い路地にスタスタと歩いて行った。
「行っちゃった。あ、ここにも」
猫が去った場所にも数粒の餌が落ちていた。
「あんた、そこで何してる」
「えっ」
野太い声の初老男性が私を疑り深い目で見ていた。
「あの、猫が」
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