予言ごっこのうらおもて

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予言ごっこのうらおもて

 おれは野矢が好き。触りたいと思う。  つやつやの長髪とか。華奢だけど、節立ってて男だとわかる手とか。高1男子にしては高すぎる声、の割に薄く浮き出た喉仏とか。実は割れてるらしい腹筋とか……確かめる勇気はない。着替えをチラ見してんのバレたら最悪だから。  この「触りたい」も難しくて。綺麗だから思わず手が伸びるのか。はたまたお年頃の男の子のえっちな好奇心なのか。うん。両方なんだよね。  でもただ綺麗だから、エロいから、好きってわけじゃなくてさ。中身も好き、とかこんな言い訳必要かな。説明なんていらなくない? 好きってそういう感じじゃん。  でも迷ってる。野矢のハートを射止めるのがエベレスト登頂だとしたら、家の裏山でアケビ採ってくるくらい簡単そうなルートが見えてきちゃってる。  なんか最近モテてんだもん。モテの波動を感じてるもん。  アケビを採るくらいイージーとか言って本当にごめんなさい。でもおれが首を縦に振り続ければ「恋人がいる」ステータスに到達できる。そんなルートが複数見えている。たぶん思い上がりではない。  ゆーて中学もモテないわけではなかった、ような。でも付き合わなかった。ピンとこなかったから。  おれの何がいいんだろ。運動部でデカくて日に焼けてガサツでよくしゃべる、おれみたいのは典型的にモテるけど。  でも待ってほしい。おれはああいう男の割には、ガサツさとおしゃべりの中にも品格とリテラシーと思いやりの心があると思うわけ。そこで差別化してたつもりだったのよ。  やっぱりそういうシンプルなモテなのかなー? なんか複雑……。  部活の合間、偶然おれひとりだけ洗い場で顔洗ってたところへ、軽音部の七瀬さんが通りかかった。ベースのケースを背負ってる。ギターボーカルの森下さんが典型的な元気っ子で、七瀬さんがやれやれお姉さんポジ、みたいなガールズバンドなんだってさ。 「おつかれー」  七瀬さんがひらひら手を振る。おれは顔を拭きながら、おつかれ、って適当に返す。 「ね、バスケの映画。観た?」 「あ、ん? 観てない」  会話が続くと思わなくて、少し動揺して返す。  今大ヒットしてるんでしょ。おれ、家が山奥すぎて、駅ビルの映画館に行く気力が湧かなくて観てないんだよねー。小学校からバスケやってるから、原作は何回も読み返してるしめっちゃ好き。 「私も観たいけど連れがいなくて。行かない? てかバスケなんもわかんないから、先に永山くんの試合とか見に行った方がいいのかな?」  あ。七瀬さん、早口でばーっとしゃべって、目に不安を浮かべておれから目を逸らしてる。  これはバスケに興味があるんじゃなくて、おれとお友達になりたいんじゃなくて、デートのお誘い。おれの直感がそう告げている。おれの勘は、当たるのよー。どうしよどうしよ……。 「えっと、バスケ、おもろいからね。試合も、どうだろ。待って? 部活の予定まだわかんないかも。スケジュール出たら連絡するねー」  嘘ついて、またねーって手を振って、体育館に戻った。  ……わー。冷淡で、卑怯な返事しちゃった。こんな口調で保留にするくらいなら、断ればよかったな。自分のこと嫌いになりそう。まだ全然好きだけど。  うーむ。野矢は、エベレストだしなぁ〜……。
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