まだ遠いきみの近くで話す

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 野矢に着いて教室を出て階段を下って、がらんとした吹き抜けの自習スペースに座る。いつもはお昼を食べる生徒で埋まってるけど、今日は誰もいなかった。吹き抜け全面がガラス窓で、大嵐と落雷があまりにもやかましいからだと思う。  野矢は沈んだ顔をしていた。恋に落ちた喜びの顔じゃなかった。おれの片想いに気づいてるから、……だとしたら。耐えられなくなって、切り出す。 「えー、なになに? おれの予言、大当たり? 恋に落ちたの?」  うまくテンション上げてしゃべったつもりだったけど、広すぎる空間に変に反響して、どうしようもなく空っぽなセリフになってしまった。 「恋には落ちた。見込みはない。図書室の司書の方が好きだ。だが相手は大人なんだ。想いを返されたら、それはあってはならないことだ。私は未成年で、生徒なのだから。そのようなことになったら、私は相手を軽蔑する。動きの取れない恋だ。だが当たったことに変わりはないので、礼はしよう。何がいい。という、話だ」  野矢は、外側でかろうじて人間の輪郭を保っている感じだった。本当に空っぽだった。空っぽのまま、空っぽの声で、台本を読み上げるようにしゃべった。  おれで埋めたかった。でも、おれで埋めたいって思って接したら、野矢はおれの好意を確信して、おれの手からすり抜けていくかもしれない。野矢は、おれに好意を向けられるのを、きっと面倒に思う。  一瞬そんな風に考えて、自分を軽蔑した。ビンタなんてしたことないけど、自分を思い切りビンタするイメージをした。  小賢しい計算をしてる場合じゃない。目の前で、好きな人が悲しい顔をしてるんだから。 「高校生って、ままならないよね」 「ああ」  深く沈んだ声だった。野矢は、おれの感じてる「ままならない」よりもっとずっとたくさんの「ままならない」を抱えている。本人から聞く家庭の事情も、噂で流れてくるそれ以上の詮索も。東京にはデートに行く関係の女の子がいたのに、野矢はこんな地方に越さなきゃいけなくなって、その子には彼氏ができて。  おれじゃだめなんだろうな。
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