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全校で部活休みの木曜日。図書室は混み合ってて、あちこち回ったけど雑木林のベンチに落ち着いた。
校庭の端っこに、林というほどでもない本数の木が植えられて、その間を舗装された歩道が巡っているところ。それでも木の影で鬱蒼として、4月の木漏れ日がページに落ちる。
夏目漱石の『三四郎』を読んでる。やっぱ童貞で、田舎からのお上りさんで、コミュ障みもあって、頭でっかちで、恋愛ヘッタクソそうな主人公といえば三四郎だからね。文豪の名著を恋愛バイブルにしてすみません。でも運命のファムファタールに出会った瞬間を確認しとかないと……。
アーッ美禰子さん!! 美禰子さん!!
やっぱこんな運命の出会いは無理だ。しょうもない地方都市では望むべくもない。でも三四郎にダメ出しを続けて、ルート修正して、三四郎と美禰子さんをハッピーエンディングに導くことを考えよう。そうすれば必然的におれの恋愛スキルも……。
「隣いいか?」
顔を上げたら野矢がいた。もう一個ベンチあるけど、まあ、どうぞどうぞ。おれ、美禰子さんにデレデレの表情してなかったかが心配! 見られてないよね!?
「あちらは汚れていた。ここも、落とし物には気をつけろよ」
もう一個のベンチを指差して、のーんびり歩いてるハトを指差して、横目でおれを見てくる。その真顔はなんなんだよー。変人だな、こりゃ。
おれだったら「ハトの糞が付いてた」って言うけどな〜。お上品なことで。
「なにそれ。双眼鏡?」
「オペラグラス。演劇を見るための簡易的な双眼鏡」
「へー。何を見るの?」
「リス。今は見えないが、そのうち出てくる」
えっ? 雑木林をうろちょろして、電線伝って周囲の民家や畑に迷惑かけてるリスどもを、見に来てるんだー。
「リスが好きなの? 研究なの?」
「趣味だ。動物を飼いたいが、どうせ大学で家を出るのだから言い出しにくい。野生動物を見て楽しむのがちょうどいい。リスは珍しくていいな。野生の哺乳類を見られるのは貴重だ」
わ〜〜〜。都会で育った人の感想だー。
おれの家に招待してあげようかな。二十歳を越えて猫又になりかかってるのがいるし。猫は客が嫌いだから、触らせてはあげられないけど。
野生の哺乳類ねぇ。ハクビシンが畑を荒らし回ってるし、運がよければイノシシもタヌキも見られるよ〜。おれはあんま遭遇したくないけど。シカの事故も年に何回か聞くしね。罠を開けるところを見せてもらったらいいんじゃないかな? ……ま、あんま「野生動物の真実」に直面させるのも意地悪か。
「ほら。出てきた。哺乳類はやはりふわふわとしてかわいい」
ふわふわとしてかわいいものが好きなんだね。それクラスでうっかり口にしたら、ぬいぐるみとか押し付けられそうだからやめなねー。持ち物はみんなシンプルで、メンズっぽい色なのに。自分の部屋はぬいぐるみで埋まってる系なのかな。いや、そんなマンガみたいな男子高校生、存在しねぇよ。
野矢はマジでリスを見にきたらしく、しっかりオペラグラスで眺めている。こんなん外来種のタイワンリスだけどな〜。東京って、そんな自然がないとこなんだなー。
「ハトの落とし物が落ちてきたらどうすんの?」
東京の人って、人間いじめに生きがいを見出してるカラスにわざと糞を落とされたことも、自転車に乗ってたらセミが顔にぶつかってきたこともないのかな〜? 蚊柱に突っ込んだこともないの? ドラマで映る東京の綺麗な河川敷に、蚊柱なんて立たないのかな〜!?
知りたい! 東京の人の考える落とし物対応を!
「どうしたものだろうか。蛇口で髪を洗えばいいんじゃないか? そこの」
校舎の端っこに設置してある、汚ねぇホースの繋いである蛇口を指で示す。
「おお〜。意外とワイルド」
「だが菌が多そうだな。養護室に行くのがいいのか? 何が正解なんだ」
「東京の人の反応だ〜」
「東京だってハトもカラスもいる。私は今まで運がよかった」
「ふーん。おれは水道で洗って済ませちゃうな。ボディシート持ってたらそれで拭いておしまい」
「なるほどな。除菌ウェットティッシュがいい」
「潔癖だ」
「若干な」
野矢、鳥の話題が出たから興味が移ったらしい。オペラグラスで、一番近くを歩いてるハトをガン見してる。
「なんか発見があった?」
「意外と複雑な柄をしている。鳥はどこを見ているのかわからないな。私に気づいているだろうか?」
「気づいてはいるよー」
「あまりストレスはかけたくない。気配を消せないものかな」
「動物は気づくよー」
適当に返事しても、さらにぼんやりした返事が返ってくる。楽だなー、こういう会話。野矢、結構おもろい。
「彼女ってどうやったらできんのかな。まだ恋の気配を感じてないんだけどさー」
こういう話振ったら、どういう顔するんだろ。
「まだ時期尚早だろう。4月だぞ?」
ハトを見ながら普通に返事はしてくれる。
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