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「時期尚早」。軍師みたいな語彙でウケる。恋バナで出てくるワードじゃないですよ。
軍師っぽいなー、野矢。演劇の出し物をやる機会があったら、三国志を激推しして野矢を孔明にしよう。
「え、でも松村と中村さんは付き合ってんのよ? 聞いてない?」
クラスで最初に成立したカップル、のはず。潜伏してる組がいる可能性もある。時期尚早? 甘い。甘いね〜野矢くん。
「は? 早いな……。特別に惹かれ合うものがあったのだろうか」
んん〜? 割とロマンチストなのかな? ロマンチスト役もいけそうだな。ロミジュリか? でも日本のお姫様って面だしな……。源氏物語!
源氏物語で……儚げな夕顔もアリ。でも儚げって性格でもないし、いっそ嫉妬で人を呪い殺しちゃう六条御息所もアリ。でもやっぱ原点は藤壺なわけじゃん? いやいやでもやっぱおれは気が強すぎるくらいがタイプだから葵ちゃんでしょ〜。でも教養のある子に憧れるし、明石さん、素敵だよね……。花散里さんとはお友達として少しずつ距離を詰めてさ、穏やかなお付き合いを……。
ヤバ。めっちゃ妄想にふけってた。おれが返事も忘れて最推しを決めかねている間、野矢は普通にハトを見てたっぽい。こういう空気感の変人、楽で好きだわー。変人くんと恋バナしてたんでしたね。
「野矢は付き合ったことありそう。あるな」
「ない。中学生で交際して、どうするんだ? そのまま生涯を誓うわけでもないだろうに」
「あら。意外とリアリスト」
「違うのか? 永山に今までに恋人がいたのなら、悪いことを言った」
やっとハトから離れて、おれに謝罪するために真っ直ぐ座り直した野矢。いい奴じゃん。
「いやいや! いないですよぉ〜。だからさ! 高校デビューしたいじゃん〜? どうやったら恋の気配を感じられるのよー」
「松村に聞いてみろ。どんな気配を感じたのか」
ここだけ抜き出したら、忍者みたいなセリフ。ちょっと吹き出しそうになる。でも忍者役はダメだ。忍として顔を隠すにはあまりにも惜しい美形ですからね。
「いや、おれも初恋はクリアしてるから自分センサーの恋の気配はいけるよ。相思相愛の気配の話をしてんのよ〜!」
「自分センサーの恋の気配は感じているんだな?」
茶化すようにニヤついた顔を向けられる。あれ? 恋バナ全然いけんじゃーん! 意外すぎ! でもおれには提供できるネタがない〜!
「すまん。全然感じてない」
「は? では無理だ」
「え、そうなんだ」
「当たり前だろう? 誰でもいいわけがないのだから……」
少し眉をひそめて、小首をかしげる野矢。
「はえー。野矢は? いるんじゃーん?」
「東京にな」
あ、ちょっとだけ照れた顔した! 野矢の貴重な照れシーン!
「あー、遠距離。でもSNSでいつでも繋がれる時代じゃん〜?」
「そのSNSで……匂わせディズニー投稿を見たので私はここ数日かなり凹んでいる」
内容は重いけど、吹き出す直前みたいなくしゃくしゃっとした笑顔で、喉の奥から小刻みに笑う。めっちゃおもしろいなー、こいつ。席替え以降ほぼ絡みなかったおれに、いきなり失恋報告してケラケラ笑うんだ。
「え〜? そりゃ気の毒に……。見る目ないよその子。てか意外すぎ。弱音吐かないタイプかと思ってたわ」
「真剣に慰めてくれなさそうな奴に言う。真剣に慰められると悲しいからな」
おもろ。おれには初っ端からサクッと腹割って話してもいい、おれはそういうのビビらないから。ってのを見透かしてるタイプじゃーん?
「適任だわ〜。見る目がおありで」
あー。くすくす笑いつつ、やっぱ数日前なんでしょ? ダメージ残ってるのわかる顔してる。こういう顔を、野矢に興味ある奴らに見せると相手が勝手に盛り上がっちゃうから、興味なさそーなおれに言ったんでしょ。おモテになるでしょうから、処世術なのかもねー。
「匂わせレベルなんでしょ〜? 勘違いの可能性に賭けて、連絡して聞いたらいいじゃん」
「聞かなくていいんだ。確信を持ちつつ、確定はさせない方がいい」
「んー? わかんないわ、それ」
「面倒だろう。『東京に好きな人がいる』と言える方が通りがいい」
あ、そっちね。『いない』って言っちゃうとモテてモテて大変だもんねー。興味がない子にいくらモテてもしょうがない、って思えるの、素直にえらいわ。おれはモテればモテるほど嬉しいけどね〜。あー、モテたい。
「ふーん。まあ飲みなさい飲みなさい」
直飲みしてた、だいぶぬるいピーチティーを差し出してやる。
「ありがとう」
おれのスーパー適当な慰めに苦笑して目を細める。受け取って、一瞬躊躇してから紙パックの開け口に唇をあてがう。
えっ間接キスじゃん? えっおれが間接キス狙ってると思われてる? いやいやそんなわけなくない? おれそんなサムい男どもと同類に見えてる?
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