はずみやまない胸で、長くながくきみとゆく

桃が嫌いなら何がすきなの

　華奢な手で握りにくそうに450ミリリットルパックを持ち、慎重に傾けて飲んでる。あ、パックから直飲みとかしたことないんだ〜！　そういう躊躇ね！　間接キスとかじゃなくてね！　お育ちいいねー！
「あ、それもう全部飲んでいいよ〜。失恋した野矢くんに、おれからのせめてもの気持ち」
「いや、悪いが……桃か？　桃はあまり好まない。気持ちだけ受け取っておく。ありがとう」
　ちゃんとパックの口を畳んで返された。
「あら。残念。でも気持ちは届いたということで」
　おれが適当に返事する間に、野矢は四つ折りのタオルハンカチで口元を拭って、リップクリームを塗り、両方をきちんとしまって立ち上がる。
「ああ。すまないね。ありがとう」
　ニヤッと笑って、適当な感じでひらひらっと手を振って、校舎へ向かっていった。途中で背中を丸めて駆け足になってた。日も傾いてるし、このベンチ寒かったんだな。悪いことしたわー。

　押し付けようと思って、返されちゃった紙パック。えっ……。でも躊躇する理由はないので。うん。
　またパックの口を開けて、飲む。桃ねぇ。深く考えずに買ったけど、ピーチティーなんだし確かに桃の味がする。一度そう言われると、すごく桃ジュースの味って気がしてくる。
　桃が嫌いなんだ。和の果物ならなんでも好きなイメージあったわ。てか好き嫌いあるんだ。なんでも完璧な箸さばきで、美味しゅうございました、してるイメージしかなかったわ。
　食べ物。何が好きなんだろうな〜。
　パックを大きく傾けて、飲み切ってしまおうとして、おれの喉がごくりと鳴る。

　野矢が飲むとき、白い首にごく薄く浮いた喉仏が、ゆっくり上下してた。

　え！？　そんなとこまで見てたっけ！？　おれ急に他人の喉仏に興味持ち始めた！？　そういうお年頃！？　まさか……この光景自体がおれの妄想！？
　いやいやいや〜〜〜……。深入りはやめましょうね。はい。

　捨てるのどうしよっかなー。一番近いゴミ箱は、下駄箱上がって職員室手前？　靴履き替えずに行けるのは……。ぐるっと回って購買の方しかないか〜……。
　バス停までにゴミ箱はなし。持ち帰って家で捨てましょう。美しい自然を大切に。

　たまたまバスで座れたから、しまう場所のないピーチティーのパックを膝で挟んで、野矢の好きな果物を当てるゲームをしてた。
　枇杷は間違いない。渋いところから狙おう。梨と柿も好きそうだな。おぼっちゃんだからメロンも好きに決まってる。金持ちじみて嫌味だから否定するかもしれないけど、メロンは確定で。あとは……。
　おれの家は恐ろしいほどの山の中で、バスでも死ぬほど時間かかるから、「野矢の好きそうな果物ランキング」は18位まで完成した。最下位が桃。同率タイのもあるから、全25種がランクイン。果物って25種類もあるんだ〜。勉強になったな。明日見せて、マルバツを付けてもらいましょう。