するりと灼き付ける

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「幽霊に化けるときに野矢をモデルにしたタヌキかもって」 「幽霊? なぜ」 「色白さんですから。七難隠してらっしゃるから」 「隠れているとよいのだが」 「どんな七難隠してんのかなー。怖いなー」  おれの軽口にニヤッとしつつ、まんざらでもない顔の野矢。「女の子みたい」っていうとキレるけど、色が白いのは自慢ですものね。男子トイレで休み時間ごとに日焼け止めを塗り直す男は野矢しかいませんよ。ガチよ。 「塗るのを忘れていた。ちょうどよかった」  リュックの外付けポケットに、日焼け止めを収納しておられる!? 「もう夕方ですけど」 「まだ少し明るいだろう? そういう油断が命取りなんだ。雨の日でも夕方でも塗るんだ」 「はえー」 「男でも塗る方がいいと思うがな。日に焼けるのは二の次だ。将来のシワを防ぐために塗るんだよ。ほら」  美容ガチ勢に布教されてる。日焼け止めを差し出されるから、まあ、試してみます。チューブを絞ってくれるから、手のひらで受け止める。 「ありがとー。え?」  あっ、最近の日焼け止めってヌルッとしてんの!? シャバシャバしたイメージだったわ。ちっちゃい頃海水浴で塗ったやつのイメージ。 「どうした? 塗り広げるんだ」 「それはわかるよ。さすがに」  あ、でも塗っちゃえば別にサラッと乾くのか〜。 「ほら、水かきまで塗るんだ。油断は禁物だからな」  野矢の手がガサツにおれの左手を掴んで、体温の低い指先で、人差し指と中指の付け根、その間をするり、となぞられた。  え?? ヤバヤバヤバ……。そわっ、とした……。 「み……水かき?」  こそばゆい感触を振り払うように、がばっと手を広げる。人差し指と中指の間……。あ、確かにV字に切れ込んでるわけじゃないんだ。骨の間を埋めるように、皮膚が張っている。そこまでちゃんと自分の手を見たことなかったなー。 「永山はあまりないな。だがそこでサボらないのが肝要だ。私はかなり大きい。個人差があるらしい」  「大きさ」と「個人差」というワードに敏感な思春期男子だから動揺する。なんの話!? なんの大きさ!?  と思ったら、野矢は指の長い手を思い切り開いて見せてくれて、水かきの大きさの話だとわかった。確かに結構しっかり膜が張ってる。人間に水かきがあるって発想がそもそもなかったわ。自分のが小さいからか〜。  全力で指を開いてる野矢の手。筋がはっきり手の甲に浮かび上がって、ほくろがふたつ甲に飛んでいて、節立った細い指に力がこもって張り詰めて、ぱりっと。そのままで彫刻みたいだ。  水かき。薄い皮膚だけの膜。膜だから、ほかの肌より余計に、透けるみたいに白い。
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