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キュンの金字塔
リョウマと付き合うようになるまで、大学生としては時間を要したと思う。私としては随分前から、告白されればOKの姿勢だったのだが。
そもそも、人を下の名前で呼ぶことに幼稚園児くらい抵抗のない大学生だと言うのに、リョウマと来たらずっと「井上さん」だった。それを「アンナ」に変えるだけでも時間がかかった。
これは後から分かったことだが、リョウマは男子校出身で男女交際のいろはが中学時代で止まっていたとのこと。だから好きという気持ちがあっても『大学生がどうやって告白して、どうやって交際が始まるのか』というのが分からなかったらしい。
そんな奥手なリョウマを相手にした私。
どうやって付き合い出したかと言うと、私から告白したのだ。
別に自慢ではないが、私には男女交際の経験がそれなりにある。だけど後にも先にも自分から告白したのはリョウマだけだ。そういった特別感も、私の記憶に染み付いて離れない所以なのかも知れない。
その時は咄嗟だった。
大学の帰りに2人で歩いている時、リョウマの携帯が鳴った。それは実家の母からだった。どうやら仲の良い従兄弟から結婚式の招待状が届いているとかで、一度実家に戻るという話だった。
「――来月、何日か学校サボらなきゃ」
電話を切ったリョウマがそう呟いた。嫌な感じがした。
リョウマの実家は神奈川だった。大学のある、私の出身の愛知からすれば遠方と言っていい距離がある。
普段は大学近くのアパートに住んでいるリョウマが、私の全く知らない関東に、都会に行ってしまう。そう思うと無性に寂しくなった。
「……何日くらい、行くの……」
「金、土、日……月もきついか。4日間くらいかな」
「無理」
「え? なに?」
「私リョウマのこと好きだから、4日間は無理ッ!」
それが私の告白だった。
知らないところに、知らない人のいるところに、私の知らないリョウマがいるところに、4日間も彼を送り出すことが怖かった。
せめてもの安心を欲した私の独占欲のような、本能のようなものが、私に告白という行動を促したのだろう。
リョウマは力強く、ぐっと私を抱き寄せた。驚いた。
「……俺が言いたかった。俺もアンナが好きだよ」
「うれ……しい」
私もリョウマの腰に腕を回した。
「ああ、なんか……実家に帰るの、嫌になっちゃったなあ」
私の頭の上に鼻先を寄せながら、リョウマが呟いた。私はリョウマの胸に向かって、精一杯いい女然とした言葉を返した。
「私も嫌だけど、我慢、出来るよ?」
……ああ。
思い出すと身体のどこかしらが熱くなる。本当にもう、恋愛というものに関して言えば、これ以上の幸福感を得ることは無いと思う。ケンタにプロポーズされた時も嬉しかったけれど、それとこれとは別物だ。
私は恋愛ドラマや映画を見てキュンとする瞬間、きっと自分の人生のこのシーンを反芻して、自分に置き換えて、ときめいているのだと思う。
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