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◇
八月一日 午後二時二十五分
目が覚めると、私はホテルにいた。
ラブホではない。ナイトテーブルのランプが淡く灯り、向こうのベッドには誰もおらず、ベッドメイキングしたままの状態だった。
視線を左方へ動かすと廊下があってドアやバスルームがあるようだった。
だが、誰かがいる。背後だ。窓際に誰かが、いる。
私は寝返り、その人物を見た。
ソファに座っていたその男はスマートフォンを見ていたが、視線を私に向けた。
「あ、起きた?」
松永さんだった。全裸ではない。いつか見たギャングの格好をしている。私は起き上がろうとしたが、体が思うように動かない。
松永さんは私の元へやって来て、無理に起き上がらないようにと言った。
「あの、中山さんは?」
「生きてるよ、あのバカも」
含みのある言い方をするなと思っていると、松永さんはベッドに腰かけて、少しだけ眉根を寄せて、『気を抜き過ぎじゃない?』と言った。
私は、首に金属製の何かが触れるまで何も気づかなかった。
松永さんはそれをナイフだと言った。そして、天井裏に潜んでいて、私にナイフを突きつけたのは自分だとも言った。
「俺はお前を守ったよ」
「えっと……他に誰か、いたと?」
「そうじゃなきゃ、俺はあの場にいないだろ?」
私たちは本当に危険な状況だったのか。
松永さんがその誰かを処理したから私たちは無事だったのか。
「あの、中山さんはどちらに?」
「中山は、『俺の命はお前にくれてやる』って言ったよね」
「はい……えっ!? 中山さんは? 中山さんはどうなったんですか!?」
「生きてる、よ」
私は痛む体で起き上がったが、松永さんに制止された。
松永さんの言う『生きてる』は、入院加療後に社会復帰出来るかは別問題の、『生きてる』だ。
中山さんはどうなったのだろうか。どこにいるのだろうか。私は涙が出てきた。また私は守られた。私は本当に何をしているのだろうか。
「お前は与えられた期間内に体を仕上げなかった。それが原因で中山は……。あのさ、それって俺のせいなの?」
「……違います」
松永さんはベッド脇の椅子の背もたれに掛けたタオルを取り、私の涙を拭いた。
「奈緒ちゃんも、誰かを守ってよ」
そう言って、松永さんは部屋から出て行って、少ししてから入れ替わりに須藤さんが私の元へ来た。
「目が覚めたんだね。お腹すいてる?」
「……いえ、食べられません」
「そっか」
「あの、中山さ――」
その時だった。隣の部屋から大きな音がして、怒鳴り声がした。
須藤さんも驚いたようだったが、笑っていた。
「多分ね、敬志が爆睡してる中山の首を締めたんだと思うよ」
――中山さん、ちゃんと生きてるんだ。
私は寝込みを襲われても応戦出来るほど元気なら、何の心配もいらないなと思った。
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