さざなみ荘のふたりとひとり

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 じゃあねえ、と真雪さんが言って私の顔をのぞき込んだ。 「ちょっと前髪長すぎだから横に流していい?」 「あ、お任せします」 「おっけー。じゃあ痛かったりしたら遠慮なく言ってねー」  そこからの真雪さんはプロだった。ワックスを髪にもみ込み、さっとまとめ上げ、あっという間に結い上げてしまう。前髪の形を作り、耳の前の毛をアイロンで巻き「はい、できたー」という明るい声が降ってきた。 「どう? すっきりしたでしょ?」  大きめの手鏡を渡されたので、私はそっと自分を確認してみる。どうやら、高めの位置で一つに結んだのをお団子にしているらしい。私では真似できない、ほどよい後れ毛がバランスよくあり、いつもは見えない額が半分ほど出ている。  鏡の中の自分と、目があって思わず反らしてしまった。 「さすがプロ、です」  私には真似できない、かわいい髪型だ。  鏡を返しながら言うと、真雪さんがむう、と口を尖らせる。 「いまいちかー。まあしゃーない」  そう言いつつも、笑っていた。好みだってあるもんね、と。 「いや、そんなことないです。ただ見慣れなくって」 「いーのいーの。あのね、たとえ他人に似合うって言われたって、自分の好きな格好するのが一番なんだから」  道具を大事そうに片づけながら、真雪さんは言った。 「ただちょっと、試してみなよ、って言いたかっただけ。だってほら、やってみるのとやらないのとでは違いがでっかいでしょ」  だから、と続ける。 「やってみてダメなら、ダメでいいの」  真雪さんにはめずらしい、柔らかい笑みだった。 「……はい」 「そうそう、素直なのが菫のいいところ……っと、匠海だ。おーい、匠海ー」  バニティーケースのファスナーを閉め終えたところで、真雪さんが窓の外に向かって叫んだ。思わず私も顔を向けると、匠海がクーラーボックスを肩から下げて歩いてきている。私と真雪さんに気づくと「うす」と手を挙げた。  玄関に入らず、そのままこちらに歩いてくる匠海と目が合う。  あの日以降も、匠海は変わらずだった。  けれど今日は、私を見てなぜか一度立ち止まった。 「なに匠海、菫のかわいさに驚いたか」  すぐに真雪さんがそんなことを言い出して、私の喉から変な音が出た。 「いや、えーと、いつもと違うから。誰かと」  匠海はすぐに歩き出してそう言うものの、明らかに声がうわずっている。 「だろー、あたしのプロの技術が出ちゃったね」  いつもと違う位置で髪を結わえているせいか、うなじのあたりが強ばっていく。匠海のことだから、変なことは言わないと信じているけれど、どうにもそわそわしてしまって落ち着かない。 「で?」と真雪さんが言う。 「で?」と匠海が繰り返して焦っている。  妙な空気が、窓を隔てて流れていた。
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