さざなみ荘のふたりとひとり

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「で、どうしていきなり来たの」  あの後、勇海さんに買い出しの荷物を運び入れてもらってさよならしてから、私たちは三人、リビングのテーブルに座っていた。私は制服から部屋着に着替えたけれど、真雪さんは真っ黒なまま。  彼女は、二十代前半、といったところだろうか。首も手首も指先までもが全部細くて、アクセサリーが重そうだった。  目の前には勇海さんがおみやげと買ってきてくれたドーナツと真咲さんが入れてくれたアイスティー。だけどなんとなく、手をつけにくい。  ところが真雪さんはそれをぺろっと平らげてから二つめへと手を伸ばした。 「どうしてって……まあ、ちょっといろいろあったような、なかったような? 気まぐれ?」 「気まぐれって、せめて連絡ぐらい寄越しなさい。菫ちゃんに怖い思いさせたでしょう」 「あー、うん、それは悪かった。でもしっかりした子で良かったよ。ねーちゃんが親戚の子引き取るって聞いたときはだいじょぶそれ? とか思ったけどさ」 「真雪、論点をすり替えないの」  あやまりなさい、と真咲さんが強めの口調で言った。  それを真雪さんはむう、と口を尖らせてから「わかったよ」と息を吐く。 「菫ちゃんだっけ、悪かった。ごめん」 「あ、いえ……嘘じゃなかったですし」 「だよねー。あたし嘘は言ってない、うん」 「真雪、開き直らない」 「はーい」  似てない姉妹だと思った。今もそう。二人の顔立ちや背格好は、全然違う。  でも、さっきから二人のやりとりをみていると、とても兄弟姉妹っぽかった。血が繋がっているって、こういうことなのだろうか。  私に兄弟姉妹はいないから、わからないけれど。でも匠海のところも、こんな感じかもしれない。 「それで、大荷物だけど、どうする気なの?」  真咲さんがアイスティーを飲んでからそう訊ねた。カラン、と氷が音をたてる。 「あー、うん。良かったらひと夏ぐらいここに住めたらなーって」  二つめのクリームがたっぷり入ったドーナツをかじった真雪さんがあっけらかんとそう言った。唇の端に、シュガーパウダーがついている。 「……ちょっと待って、ここに住むの?」 「そ。元民宿って言ってたし、空き部屋あるかなーって思ってさ」 「あるかなーって、そりゃあるけど、あなた、仕事は?」 「辞めてきた」  きっと真咲さんも話の展開についていけていないのだろう。しかし私はそれ以上だ。外野でしかないけれど、さざなみ荘に帰ってきてから一度も落ち着けない。  連絡もなしに突然来て。ここに住みたいと言いだし。仕事は辞めてきたと。  とりあえず随分と思い切りのいい? 自由気まま? な人だということはわかった。 「え、ダメ?」  きょとんとした顔で、真雪さんが私と真咲さんを交互に見る。 「いや、だめっていうか……」  なぜか真咲さんも私を見た。もしかして私が嫌がると思っているのだろうか。たしかにせっかく慣れてきた環境がまた変わるのは、と思わなくもないけれど、真咲さんの家族ならば私に拒否権はない。 「あ、あの、私はべつに。妹さんなら、私がなにか言えた立場ではないですし……」  そこまで言ってから、真咲さんの表情が変わったことに気がついた。「うん?」といった疑問符が頭に浮かんでいるごとく、目をぱちぱちさせている。 「真雪、あなた自己紹介しなかったの?」 「いや、したよ。月島真雪です、月島真咲の家族ですって。ね?」  真雪さんがそう私に聞くので「はい」と頷いた。  しかし真咲さんは、うーんと唸るように眉根を寄せてから、真雪さんの方に向き直った。  
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