Ⅰ 妹

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 汗だくになった私の体は尚もアドレナリンが回って収まらない。まだまだ何でも出来る気がした。  私はのそのそと怪物の死骸に近づいた。尾も四肢もまるで大木で、全身深い緑色の体から生える首は太すぎて体と頭は直接繋がっているようだ。その怪物には両目がなく、代わりに顔の端から端まで裂けた口があって赤黒い歯茎からは細長く鋭い歯が数え切れない程生えている。口を開けたまま死んでいる怪物の口の奥を覗いても、もちろんハルの体はそこにはない。ただ体を流れていた液体だけが木が刺さった分厚い皮膚と口の中から流れ出ているだけだった。例えハルの下半身を取り戻せても、きっと私にはどうすることも出来ない。力任せに木を引っこ抜いて怪物を殺せても、ちぎれた体をつなぎ合わせて命をそこに吹き込むことなど、絶対に出来ない。そう思った私は再び絶望の穴に突き落とされた。用がない怪物の死骸を放って再びハルのもとに向かいその体を見下ろす。少しも動かないその体を見て、私の心臓が更に締め付けられた。  私は無力だ。こんなに力があったって意味がない。  ハルを守れなかったんだから、所詮は無駄な力だった。  私はその場にしゃがんで、ハルの顔に触れた。更に冷たくなっていた。柔らかい髪には血がこびりついて硬くなっていた。  もう地に足をついている気力もない私はハルの血が固まっている地面に横になった。それからうつ伏せでこちらに顔を向けているハルの目を閉じさせた。するとハルはまるで眠っているように見えた。  いつものハルだ。  そう思うと少し嬉しくなった。このまま眠ってしまえば、次に目が覚めるときっとハルはその辺を走り回っているだろうな。探検しようって約束したよねなんて言いながら疲れた私の腕を引っ張って、ハルは笑っているはずだ。直にどこかで休んでいたお父さんとお母さんと合流して、一緒に遊んで、疲れ切った頃に家に戻る。いつもの毎日がまた始まる。家族四人で、また。  横になると眠気に襲われ徐々に瞼が閉じていく中、誰かの足音を聞いた。それは段々こちらに近づいてきた。  お父さんとお母さんかな?やっと見つけてくれたんだ。ハルがいたけど、ちょっとだけ寂しかったよ。ほら、ハルも寝ちゃったから。ずっといい子にしてたよ。また明日いっぱい遊ぼうね。おやすみ、ハル。お父さん、お母さん。
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