Ⅰ.鬱金香

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 とはいえ、自分の器量の良さは理性にしっかり染みついていった。これからもっと可愛くなる私は、初代ミス××が着こなしたドレスも似合うはずだ、と確信した。  しかし大人になればなるほど、夢を夢のまま叶えるのは難儀であることに気がつく。文字通り甘い夢に終わり、それなりの落としどころに腰を据えることが必要になる。  したがって、いよいよ私は祖母のお下がり(ドレス)に手を伸ばす機会を失った。  失ったまま、二十七歳の大人になった。  でも幸せ。とても幸せである。 「縁凪(えな)センパぁ~イ、本当に辞めちゃうんですか?」  雑誌の制作会社に勤めて丸五年と一ヶ月。  事務所内で、左にブルーとホワイトで統一された花束を抱え、反対側の腕に泣きつく地元の後輩を宥める。どうやら彼女は、  <縁凪ちゃん、結婚おめでとう♥> と書かれたアルバムを脇に抱えたまま、私に渡す役目を放念しているらしい。  証拠に、遠くからこちらを見据える同期の吉岡 (よしおか)瞳子(とうこ)が苦笑していた。 「あおいちゃ~ん、私本当に辞めちゃうんだよ~」 「広告宣伝部はセンパイ無しじゃやっていけませんよ……!天職だったじゃないですかぁ!」  あおいちゃん、それはきっと言っちゃいけない。  最後の挨拶を終え、拍手喝采の手順も終えた同僚たちは、揃いも揃って同じ笑顔(かお)。一見朗らかではあるけれど、それは寿退社を祝うものでもなければ、腐れ縁の後輩と先輩のやりとりを微笑ましく思うものでもない。  PCにへばりつきたい気持ちを抑えながら、皆上手に飾っていた。後輩の無自覚な失言にも眉を動かさず、絶妙な笑顔を纏っていた。  土日も事務所に缶詰めな (げん)さんも、私が去るまでは腰を下ろせないに違いない。途端、昔ラジオで聴いた『卒業式で泣かないと——』という歌詞が脳裏に浮かんだ。
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