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心の内で頷きながら苦笑を浮かべる。布団は押し入れにあるものを自由に使っていいとのことで、楓に深々と頭を垂れた。
「明日は朝のフェリーで行くの?」
「はい。その予定です」
「そっかぁ。あ、青柊のこと、足に使っちゃっていいからね」
「さすがにそこまでは……」
「いいっていいって。お風呂もまた知らせにくるから、それまでゆっくり寛いでてね」
「何から何まで、ありがとうございます」
いーのいーの、と口癖のように放ちながら、楓は戸を閉める。
「——……」
一人きりになり、張っていた肩を解いて息を吸い込むと、実家以来の懐かしい香りが鼻腔を潜った。実家の畳はもっと古いけど、やっぱりこの香りは安心する。
中心に小さなテーブルだけが佇む部屋の片隅で、私は仰向けになった。見慣れない照明の形に一瞬だけ、夢か現か判らなくなった。
「力抜けちゃうなぁ……」
畳に腕と足を軽く擦る度、じわりと広がる達成感。一日で蓄積された疲労が圧し掛かるような、畳に抜けていくような、不思議な感覚が走る。目を閉じると、今日の出来事がダイジェストのように脳裏を巡った。
まさか、生い立ちに原因があったなんて——。
彼の背景に触れ、菜乃葉という存在に触れ、膨らんでいく。楓が言うように、本当に自分が彼の枷を外すきっかけになれていたら、どんなに幸せか。
「……まさかね」
呟くと、頭のなかで叩きつける脈の音が強くなる。
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