Ⅷ.西洋菊

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 期待を裏返す絶望を知った私には、これ以上は荷が重い。引き返せないと分かっていても踏み出せない。自分を磨き上げ、綺麗に晒すことには定評のある私も、自分の想いを曝け出せるほどの度胸は備わっていなかった。  相手が八坂なら尚更そうだ。厄介な相手に芽生えてしまったことに、自分が一番戸惑っていた。 「ああー……もぉー……」  健気に想いを馳せる自分を掻き消すように、寝返りを繰り返す。ゴロゴロ、ゴロゴロ、と骨が当たる度に畳が呻いた。 「——何してんすか」 「え」  寝返り最中。右耳を下にしたところで、背後からの低い声が骨に響く。襖が開かれた音に気づけないほど、思考は奔走していたらしい。  声の主に心当たりは一人しかおらず、私は顔を覆いながらゴロン、と彼の方を向いた。 「なんで居るの」 「それはこっちの台詞」  八坂は寝転んだままの私を見下ろしながら、自分の荷を畳に下ろす。 「姉貴にここ使えって言われたんすけど」 「……え?」  上体を起こすと、畳に腰を下ろした八坂と目線が重なる。距離の近さよりも、楓の思惑の方が問題だった。 「あの、私もここで寝てって言われたんだよね……楓さんに」 「はぁ?」  あのクソ姉貴、と吐き捨てながら立ち上がる。楓の性格上、“良かれと思って”のことだろうが、八坂がそれを読み取れるはずがない。彼にとっては、お茶目な実姉による悪戯にすぎないのだろう。  それより……そんなに私と同室が嫌なのか。
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