Ⅷ.西洋菊

21/30
239人が本棚に入れています
本棚に追加
/259ページ
 襖に及んだ彼の手元を見据えながら、ぼうっと肩を落とす。疲労のせいか、襖が開かれるまでの時間がスローモーションのように感じられた。 「せーちゃんっ!」 「え……菜乃葉?」  しかし、楓の元へ向かうはずの八坂の足は急停止する。スローモーションは解かれ、私は目を擦った。  彼の脚に隠れていた少女はひょこっと顔を出し、「えなちゃん!」と笑みを浮かべる。母親である楓と重なるその仕草に、心はいとも簡単に貫かれた。 「えっ……菜乃葉ちゃん、どうしたの?」 「ママにおしえてもらったの!せーちゃんもえなちゃんも、たたみのお部屋にいるよって」  わずか十数センチの小さな足を軽快に運び、私の腕にすり寄る菜乃葉。一足先にシャワーを浴びた少女からは、幼い子ども特有のまあるい匂いが漂い、疲弊した体と脳を癒した。 「はぁぁ~……どうしよう八坂くん、めっちゃ可愛い」 「そうですね」  先ほどまで姉へ角を生やしていた八坂も、踵を返して傍に屈む。子どもは平和の象徴だ。 「菜乃葉ちゃん、私に会いに来てくれたの?」 「えなちゃんと、あんまりお話できなかったから……せーちゃんと会うのもひさしぶりだし」  舌足らずな言葉が心臓をきゅんきゅん締め付ける。  大きく息を吸い込みながら癒しに浸っていると、菜乃葉は自分の長い髪を掬い上げて言った。
/259ページ

最初のコメントを投稿しよう!