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「菜乃葉もそれはだめ。このお姉さん、イビキうるさいから」
「ちょっと、嘘吹き込まないでよ」
八坂を睨みながら体温を剥がすと、菜乃葉が再び笑う。
その表情を前に、私は無意識にあおいの表情を重ねていた。かつての小國縁凪を「憧れなんです」と言ってくれていた笑顔を重ねていた。
しばらく浸っていると、菜乃葉は小首を傾げて唇を割る。小さく縦に動くその口元に視線は釘付けだ。
「あのね、えなちゃんはずぅっとかわいかったけど」
「……うん?」
「せーちゃんの隣だと、ちょっとちがう感じがするの。かわいいけど」
「え?」
「えなちゃんは、せーちゃんのこと嫌いじゃない?好き?」
純度だけで構成されたその台詞に、脳裏には狡い言葉ばかりが渦を巻く。しかし、菜乃葉はさらに純度の深い瞳でまっすぐ見つめる。
その間、“せーちゃん”はだんまりで、私はますます彼の顔を見られないでいた。
「えなちゃん?」
菜乃葉の首がさらに傾く。答えは一つに決まっていた。
「うん……もちろん好きだよ」
安堵したような少女の表情とは裏腹、熱をもった言葉が重く圧し掛かる。「よかったぁ、菜乃葉は二人ともだいすきだから」と締め括る菜乃葉に、笑い掛けるだけで精一杯。
八坂はただ、彼女の頭を先ほどと同じように撫でていた。
「なのー!菜乃葉ー!」
しばらくして、廊下に響き渡る声に「はーいっ」と返事をして立ち上がる菜乃葉。彼女は襖に向かいながら、名残惜しそうに振り返る。
「……たぶん、本のじかんだ」
「本?」
「うん。毎日のおやくそくなの。買ってもらうときにね、毎日寝るまえに、ひとつずつ読むっておやくそくしたの。たくさん、いっぱいお話が入ってる本なの」
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