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今日はよく礼を放つ素直な八坂に、本当に停戦なんだな、と雑念が泳ぐ。彼は小さく息を吸うと、それを優しく吐き出すように唇を割った。
「写真部は要所要所で、生徒の写真撮影を頼まれることが多かったんです。例えば文化祭とか、体育祭とか……催事にはよく駆り出されていました」
迷いは感じられず、飄々と告げられる言葉。前々から話す内容を纏めていたかのような口振りで、落ち着いていた。
「その一環として、陸上部の大会にも同行しました。仲の良かった同級生も出場すると聞いて、俺は割と張りきって構えていました」
彼は黒く光るレンズと眼を合わせ、宝物のように優しく撫でる。
「予選で、その同級生の写真を撮りました。ハードルの選手で速かった。飛び越える瞬間の、いい写真が撮れました。予選通過が決まったときは自分のことのように喜んでました。柄にもなく」
——でも、そいつが決勝を走ることはなかった。
続けられた言葉の端が、小さく揺れる。
「半月板損傷……予選で膝を故障したと聞きました。全治六ヶ月、歩けるようになったとしても完全復帰は絶望的。選手としてあの舞台に立つことは出来ないとも聞きました」
「そんな……」
「すぐ見舞いに行きました。本人は明るく振る舞っていましたけど、辛かったと思います」
彼の瞳が影に潜る。病室での姿を思い出しているのか、細くなる声。なにかを悔やんでいるかのような声だった。
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