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『花の浮島』と称されることの多い故郷は、十月になると観光客も疎らになるので、帰省の時期としては丁度良い。
祖母は今年も口癖のように「長い冬がはじまるね」と言いながら、贔屓の店でお茶を啜る。ウニ漁と兼業しているこの店のオーナーは、亡き両親の同級生だった。
「縁凪ちゃんも色っぽくなったなぁ」
「テンチョー、それ茶化してない?」
「いやぁ、冴子さんには及ばないけど嘘じゃないさ」
カウンターからウニ丼を差し出し、体格の良い体を揺するオーナー、もといテンチョー。言葉の意味を知らない頃から「店長だぞ~」と教え込まれたせいで、いまだに呼び名は変わらない。
ちなみに、小学校低学年まで彼の名前が「テンチョー」だと思っていたことは祖母との秘密だ。
「いただきまーす」
「おう、今期最後のウニだ。たんとお食べ」
そうか、もうそんな時期か。
小さな店内に提げられた大きなカレンダーを見据えて頬張る。それでも今年は長く漁が出来た方だろう、と故郷の味を懐かしんだ。
「ん~っ、おいしい~!!お婆ちゃんも食べる?」
「わたしはいいよ。それより、船には間に合うかい?」
前に帰ったときより、少し皺の深くなった笑顔が首を傾げる。頷くと、祖母はさらに頬に皺を刻んだ。
「それにしても珍しいなあ、縁凪ちゃんがウニ丼なんて。いっつも草ばっか食べてたもんなあ」
テンチョーは後ろのスタッフに調理を任せ、エプロンを畳む。他のお客もいないため、隣で昼食を済ます算段らしい。
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