Ⅸ.胡蝶蘭

3/18
前へ
/259ページ
次へ
「草って……野菜とか海藻って言ってよ」 「カッカッ、たしかにそうだ!」  相変わらず変な笑い方だなあ、と思わず吊られて笑みが零れる。 「縁凪ちゃんは別嬪さんだからなあ、女の子らはみんな真似してたぞ」 「家ではお肉も魚も食べてたよ。ねえ、お婆ちゃん」 「そうだねぇ。本当はよく食べる子だよ、昔から」  祖母は応えながら、急須からお茶のおかわりを注ぐ。彼女専用のセルフサービス仕様になっていた。 「向こうで(・・・・)なにかあったかい?」  小さな両手が包む湯呑みのなかで、(ほうじ)茶が静かに揺れる。その波を見据えながら、私は首を振った。 「ううん。全然普通だよ」 「ちゃんと、ご飯も食べられてる?」 「うん。美味しいご飯を食べられてるよ」  栄養にも偏りのない、美味しいご飯を食べられている。花嫁修行の出番は全くなくなってしまうくらい、美味しくて温かい。  毎日カウンターの向こうで調理する彼の姿を浮かべ、すぐに掻き消す。今夜帰れば、きっとまた温かいご飯が待っているのだと思うと嬉しくて、同時に喉が詰まった。 「ウニ丼、美味しいなあ」  なんで言ってしまったんだろう。なんで、逃げてきてしまったんだろう。  時価の丼を贅沢にかき込みながら、数日前の出来事がフラッシュバックされる。  浮かんだ映像に必ず居るのは、私の告白に目を見開く八坂と、その後すぐに逸らす八坂だった。  ——『ごめん。……やっぱり私、今日は菜乃葉ちゃんと寝ようかな』
/259ページ

最初のコメントを投稿しよう!

240人が本棚に入れています
本棚に追加