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翌朝も、早くから逃げるように森戸家を出てしまった。楓は最後まで『余計なことしちゃった……?』と眉を下げていたけれど、彼女の厚意には感謝以外の言葉はなく、私は深く頭を垂れた。
見送りの代わりに伝言を頼むと、彼女は二つ返事で引き受けてくれた。『帰ったら“花よめ”頑張ろうね』と添えて、稚内を後にした。
「テンチョー、めっちゃ美味しかった。ご馳走さまでした!」
食べ終えてレジに回ると、財布に伸ばした手を制止される。「え、本当に?」と訊ねれば、テンチョーは「縁凪ちゃんは娘みたいなもんだから」と決め台詞でしたり顔を披露した。
祖母がいないときにはよくお世話をしてくれた良いおじさんだ。娘のようだと言われても満更ではない。
「ありがとう。次は年末かな。無事帰って来られたら」
「去年は海が荒れてたからなあ、今度は帰って来られるといいなあ。なあ、冴子さん」
「そうだねぇ。次の御節は豪華だよ」
今度は、次は——そう綴る二人の温かい視線が注がれる。詳しく触れられることはなかったが、離婚したことを気に掛けてくれているのかもしれない。
「うん、ありがとう。馳走さまでした」
店を後にし、フェリーターミナルに着くまでの間、私は祖母の小さな体を擦った。曲がった背中から出っ張った骨に触れる度、鼻の奥がツンとした。
「おばあちゃん、ずっと元気でいてね」
「んふふ、大丈夫だよ。この前の健診でも誉められたさ」
「えっ、本当?病気とかない?」
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