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「うん。老化は避けられないから、そら、いろんな所が軋んでくるけど」
「よかったぁ。新しいヘルパーさんにも連絡先伝えといたけど、何かあったらいつでも連絡してね」
「ありがとう。縁凪ちゃん」
入港するフェリーの音が町中に響き渡る。海沿いに集っていた大きなカモメが数羽、音の方角に向かって羽ばたいた。
「おばあちゃん」
「うん?」
「ちゃんとした報告が遅くなってごめんね」
故郷の、広く高い空を見上げながら冷たい空気を吸い込むと、潮と海藻と、祖母の優しい香りが運ばれる。
「私、大丈夫だよ。立ち直って、おばあちゃんのドレスも着られたよ。……ちゃんと好きな人の前で、着られたよ」
何度も派手に転んで一筋縄ではいかない数ヵ月だったけど、たくさん出会いがあった。おかげで、札幌でも楽しく元気にやってるよ。
祖母は深く頷いた。
「縁凪ちゃんにいい出会いがあったことは、顔を見たときに分かったさ」
「え……?」
「不安はあるけど、迷いはない。顔つきですぐにわかるさ。その人と共に在る自分を信じられる、そういう出会いは希少だよ」
ターミナルに入る前、私は何度も反芻した。
「いってきます」
次帰るときには、傷心をすぐに癒してくれるような料理を頼んでしまうかも。
見送る祖母を振り向きながら、大きく手を振る。そしてタラップに足を掛けた瞬間、スマホが久しくメッセージを通知した。
<二次面接通過および役員面接日程のお知らせ>
島へ吹き込む冷たい風が、最後に首筋を滑っていった。
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