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霜降り月という由来で霜月と名付けられた旧暦が、今日はよく噛み合っている。
アパートの外廊下から見える雪に、私は軽く息を吹き掛けた。今シーズンで二、三度目の到来なので、雪景色と呼ぶにはまだ遠い。
「行きますよ」
「はーい」
鍵を閉めた家主は先を急ぎ、その背中を追う。車へ乗り込む前に、八坂はフロントガラスの雪を払った。
「手伝うよ」
「いいですよ。先入ってて」
「……はぁい」
スーツケースを後部座席に積み込み、助手席に座る。八坂は、エンジンだけを先につけてくれていた。
「ハァ——」
白い息が籠る。白い雪に覆われた窓から徐々に覗く八坂の顔が、ところどころ赤くて可愛い。あれから一ヶ月が経っても、何ら変化の無い八坂の態度がすこし憎い。
礼文から帰った後、森戸家で伝えた言葉は雪のように溶けていたことを思い出す。
平然を装う私と平然な彼は、日常を繰り返した。
変わっていたことといえば、八坂がよく話してくれるようになったこと。私が告白の件を切り出さないように、懸命に被せているかのようだった。
前に進むことだけが正解ではない。——そう言い聞かせて、いまもタイミングを粛々と待っている。家主に課せられた“年内”というリミットと果たしてどちらが早いだろうか。いい勝負かもしれない。
「久しぶりですけど、着れますか?」
煮え切らない男一号が車を走らせる。車内が暖かくなるまで、私は両手指を擦り合わせた。
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