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「着れるよ。体型も変わってないし」
「ならいいけど。……もう、外でのロケ撮影はきついですね」
「確かに」
どんよりと雲に覆われた空を見上げ、沈黙が流れる。わざと隙間を作るようになったのはいつからだろう。それもこれも、この煮え切らない男のせいだ。
「そういえば、今日の依頼主とは知り合いなんですっけ」
例によって隙間を埋めに来る八坂に口を窄めながら頷くと、「何ふて腐れてんすか」と視線を流される。
「ぬけぬけとよく言う」
「逆ギレやめてください」
「そっちが吹っ掛けてきたんじゃん」
「そんなつもりないですけど。勝手に火付けたのはそっちでしょ」
「でも、元々は全部八坂くんが……」
「はい?」
「なんでもないですー」
稚内に居たあの八坂青柊は幻だったのか。小さくため息を落とす感じの悪い男は、全く別人のようだ。
しかし私も、彼の吐く言葉にいちいち敏感に反応して尖ってしまう。
これ以上余計な火種を生まないよう、目的地に着くまで黙って車窓に張り付く雪を眺めることにした。儚くも溶けていくその結晶に、八坂への気持ちと鬱憤を投影しては目を伏せる。車内には一層重苦しい空気が充満していた。
「こんにちは。“花よめ”さんですよね」
到着後、傘を差した青年がいち早く出迎える。質の良い小さな声と、伏し目がちな表情に会うのは今回で二度目だ。
私は重く圧し掛かった空気を一蹴し、笑顔を作った。
「こんにちは。花よめへのご依頼ありがとうございます。……それと、お久しぶりです。Tomoharuさん」
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