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長い前髪に覆われる瞳。こちらに角度を深く傾けられる透明の傘。不器用なその優しさは、どこかで見覚えがある。
私は思わず笑みを零した。
「ありがとうございます。でもそれじゃ、智春さんが濡れちゃいますよ」
「いえ……enaさんは荷物も多いですし」
「じゃあ、少しお言葉に甘えて」
触れない程度に肩を寄せると、少し高い智春の肩がぴくりと跳ねる。八坂よりも小柄なせいか、容易く視界に入ってしまう。丸まったその姿勢も誰かにとてもそっくりだ。
「あの、ここです」
「……え、ここ……?」
智春の視線に合わせて持ち上げる。そこには木目調の立派な門が佇んでいた。いわゆる豪邸といえる造りで、奥からは厳かな二階建てがこちらに重厚な視線を向けていた。
「日枝さんって、もしかして日枝食品の——」
後ろから訊ねる八坂の言葉に、智春は小さく頷く。
日枝食品は道内に本社を構え、全国にも事業所や工場を置く食品メーカー。つまり智春は、名家のご子息だということだ。
私と八坂は久しく目を合わせ、同じように見開いた。
「まさかだね」
「育ちが良さそうだなとは思ってましたけど」
「最初から?」
「思ってましたよ。日枝さんのネクタイ、かなり良いやつですし」
「え。そんなの分かるようになったんだ」
「そんくらい分かりますけど」
「だって、前はネクタイ嫌いだって——」
静かに寄せられた視線に気づき、息を吸う。
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