Ⅸ.胡蝶蘭

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 しまった。智春を置いてゴングを鳴らしてしまったことに軽く頭を下げる。クライアントの前では抑制できていたはずが、久しぶりの依頼で感覚が鈍ってしまったらしい。  それとも、鬱憤が溜まっていたせいだろうか。 「すみません……っ、お見苦しいところを」 「いえ、全然。仲が良いんですね」 「よ、良くないです!」  ——こちらもしまった。  ピクッと動いた八坂の眉が視界の端に映る。今日は極力黙っていた方が良いかもしれない。 「着替えの場所、ご案内しますね」 「「お願いします」」  私たちは背筋を伸ばし、厳かに佇む日枝の門を潜った。  ┈••✼  大正ロマンの詰まった豪邸内は、和洋が喧嘩をせずに馴染んでいる。すでに準備を終えた私は、とある洋室のドレッサーの前で鏡のなかの自分を見つめていた。  鏡よ鏡——、と唱えたくなるほど綺麗な楕円が瞳の奥を写し出す。  約二ヶ月ぶりだからか、クリーニングを済ませたからか。同じドレスを纏っているはずなのにどこか違う。体に馴染む愛おしさは変わらず、しかし写し出される自分には何かが足りない。 「気のせい気のせい。ちゃんと可愛い。大丈夫」  違和感を取り払えずとも、依頼に答える準備はしっかり出来ている。呟いたあと、私はゆっくり深呼吸を済ませた。 「enaさん、お待たせしました」  廊下から聴こえる。智春の声だ。
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